十五皿目 正論論破愛情論

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 縛りつけた俺を宙に浮かせると、そのまま大股で前進する。  そして素早くリューオも巻き取り浮かせると、リューオの頭をバコンッと叩いた。なんでだ。 「なぁ、なんで殴られたんですか? ぶち殺していいですか?」 「ふん。勝手なことをする妃も、護衛も、いらねぇ。……そして脳筋勇者のくせにシャルをキラツヤにするなんていい仕事し過ぎだろうが……ッ」 「アァッ? 褒めてンのかキレてンのかどっちだよですねッ? 殺るかッ?」  後半を小声で言ったアゼルに、リューオがギリギリの態度で噛みつく。むむ、なにを言われたんだろう?  わからないがアゼルは素早く乱暴に(見えるように)俺とリューオを捕獲し、魔法で俺達を黒い霧で包んだ。  顔だけを残し黒モズクの塊になってしまったので、傍目に見ても自力脱出はできない。 「アゼリディアス、シャルたちに乱暴するのはやめてあげてくれっ。不法侵入者でもそこまでは……」 「王。大丈夫です。あのような者共、魔物と変わりない蛮族ですよ。郊外にでも捨ておけば良いのです」 「でも……」 「魔王! 大切な人を一人で泣かせないと言った言葉、忘れていませんね? 魔界の王として、その不法侵入者に相応しい対応をしてください」 「ハッ、誰に言ってやがるッ」  リューオから離れアマダの傍らに戻ったセファーが愛する王の肩を抱きながら釘を刺すと、アゼルは吐き捨てるように振り返った。  ビクッ、と二人の肩が一瞬跳ねる。  アゼルの常時威圧スキルは、なくせなくとも感情で威力を増減させられるのだ。  監視がついているのでこのまま一緒に帰ることはできないのに念を押され、煩わしくなったのだろう。  そしてアゼルの妃と友人を貶されて、気が立ったのだ。  心を開くまで時間がかかるが、一度懐に入れると大切にするのはアゼルの美点。けれど今はいけない。 「ん」 「っ」  俺はどうにかアゼルを落ち着かせるために、咄嗟に口元を押さえる蔦を、ペロリと舐めた。  うん。あんまり味がしないが、強いて言うなら血の味がする。 「……フンッ」 「んむ」  コクリと頷くと、横目でチラリとしか見ていないのにバツが悪そうに閉口し、再度切り替えた。  よしよし。それでこそかっこいい魔王様だ。俺の旦那さんで、素敵なアゼルだ。 「俺は魔王、魔界の王だ。全ての魔界の民を罰する権利を持つ。王としての仕事から、俺は逃げないからな」  仕切り直したアゼルは冷淡に告げると、「闇、蛇牢(だろう)」と唱える。  途端に俺とリューオは鉄格子でできた巨大な蛇の牢に閉じ込められた。 「地下牢へ連れて行け」  魔法に行き先を告げたアゼルは、もう振り返らずにアマダのいるほうへ歩いていく。  蛇行して進む牢の中で、その背中を見つめ、名残惜しく恋しい気持ちになった。  アゼルと離れる時は、いつだって胸が痛い。ずっと一緒にいたい。演技でも、アマダに寄り添うのは少し寂しくなった。  けれどアゼルは髪をかきあげるフリをして、俺に向かって合図を送る。  鳥かごの中のタローは、バイバイと手を振っている。俺がまた戻ってくると、信じてやまない無垢な瞳だ。  うん。そうだな。  家族はいつでも、離れていても家族だ。  どこでセファーの監視がいるかわからないので、捕縛された俺は声を出したり動いたりができないが、口元に笑みを浮かべた。
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