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ツアーで一緒のホテルに泊まっているときがチャンスだと思った。
『今からそっち行っていい?』とラインを送ったけど、未読無視。ったく。
こうなったら実力行使しかない。六夏の部屋のチャイムを鳴らす。でも反応がない。いるのは分かってんだよ。他の皆はスタッフと食事に行ったけど、お前は「明日のコンディションに影響するから」とか言って引きこもってんだろーが。
「六夏ー! 六夏! 六夏六夏六夏!」
チャイムを連打し、ドアを叩く。
「六夏! いるのは分かってんだよ!」
……はは。何か、借金の取り立てみたい。でもやっぱり反応がない。天照大神かっつーの。
「六夏あー、どうしてあけてくれないのー。私とのことは一晩限りだったのーっ?」
そこでようやく、ごそごそ、とドアの向こうで動く気配がした。ほら、やっぱりいるんじゃん。
ガチャ、と鍵がはずれる音がしてからドアがひらくまで、えらく間があった。こんなときまでたっぷりタメを作ってんじゃねえよ。
ようやくひらいたけれど、しかしまだチェーンがかかっている。何、こいつ、何でこんなに用心してんの。つーか同じメンバーだって分かってんだろうが。
「近所迷惑」
「だってお前がなかなかあけてくれないから」
「……何、疲れてんだけど」
一番省エネなダンスしてるくせにそれはねーだろ。
「ああそうだよなあ、地方じゃ彼氏に会えないから、癒やしてもらえねえもんなあ」
ぴく、と、眉毛が動いた。
「それとも地方にもそういう要員、キープしてんの? ああもしかしてこれから会いに行くつもりだった? だったら邪魔してごめ……」
がちゃり、と、チェーンが外れた。
しかし決して「入れ」とは言わない。
センター様は違うね。
でも果たしてそれがいつまで保つだろう。
「俺に偉そうなこと言ったくせにさ、やることやってんじゃん。てか相手が男ってまじびびったけど、そっちの方がさ、バレたらまずいんじゃないの」
表情があまり変わらない分、少しの変化がよく、分かる。明らかに動揺している。そしてその動揺を悟られないよう、不機嫌な顔で誤魔化そうとしてるのも。
「言いたきゃ言えば」
「へえ、これくらい何ともないって?」
「だって、別にイマドキめずらしくもないだろ」
あ、否定しないんだ、と、冷静に思う。
「不倫してるわけじゃないし、未成年連れて泥酔してるわけでもない」
未成年連れて泥酔……。嫌なところをちくちく突いてくる。
「まあ確かに。それをウリにしてる奴もいるくらいだもんなあ。てか、案外そっちの方がファンの子たちはいいのかも。だって他の女のものになるって心配がないもんな。でもさあ……」
スマホをいじりながら、あえてさらりと言ってやる。
「それが枕だって知ったらどうだろ」
スマホには、六夏がテレビ局のプロデューサーと映ってる写真があった。
実は他にも、有名俳優とか映画監督とか。
無駄に芸能界の端っこで生きてきたわけじゃない。六夏のような華々しい交友関係はないけれど、ゲスい交流ならそこそこある。それこそ、六夏のことをよく思ってない奴らとも。そういう奴らを焚きつけて、写真を撮らせるのは簡単だった。もちろん、全部が全部真実だなんてさらさら信じちゃいない。でも真実にしようと思えば、簡単にしてやれる。
「馬鹿馬鹿しい……」
「だよなあ。売れてない奴らならまだしも、トップアイドルが枕やってるなんてありえないよな。でも世間は信じるよ。それこそ俺なんかのスキャンダルの比じゃないくらい、ものすごい勢いで食らいつくだろうね。いやしっかし、流石オトモダチのレベルも半端ないね。これなんか……」
写真を適当にスクロールしたとき、サッと六夏の表情が変わった。その狼狽え具合に、逆に悠吾の方がびびった。これはもしかすると……もしかするんだろうか。
「で、お前は何がしたいわけ」
でも六夏が狼狽えた姿を見せたのは一瞬だけで、すぐにいつもどおりの、『センター様』な態度を取り戻している。
何がしたい……面と向かってそう言われると、自分がひどく子供っぽいことをしているような気がしてきた。より効果的に傷つけてやれる言葉を探している間に、六夏の方が先に口をひらいた。
「これを週刊誌に売る? 別にやりたきゃやればいいよ」
「ひらきなおんの。余裕だな。脱退になってもいいわけ」
「脱退? 退所だろ」
何だろう。追いつめているのは悠吾のはずなのに、逆に追いつめられているような気がするのは。
「最悪芸能界引退か。……ま、その方がすっきりしていいかもな」
「……は、何それ。未練、とかないのかよ」
六夏は肯定するようなため息をついた。
その態度で、分かった。
未練……ないのか。ないんだろうな、こいつには。
あっさり事務所に入って、あっさりデビューして、あっさりセンターになったこいつにとっては、そんなこと、別にたいしたことじゃないんだ。悠吾は喉から手が出るほど欲しかったのに。細い細い、今にも切れそうな糸にしがみついて、やっとここまできたのに。それでもまだ、何も手に入れられたような気がしていないのに。手にしたものはひとつでも手放したくなくて、必死に守っているのに。そんなものに何の価値があるのかと鼻で笑う、こんな奴が、どうして……
……どうしてこんな奴がいるんだ。
無意識のうちに握りしめていた拳が、ぶるぶる震えた。
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