温かい手

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温かい手

「だからさ、昔からよく言われているでしょ?」  まだ日の落ちきっていない夕方5時。俺はアルコールが強めのサワーで喉を潤しながら、居酒屋の親父に管を巻いていた。  今日はやけに酒が進む。それもこれも、あのせいだ。俺はグラスを空けるとおかわりと言わんばかりにカウンターへ差し出す。 「"手が温かいヤツは、心が冷たい"ってさ。」  居酒屋の親父は空のグラスをカウンターから下ろすと、すぐに次のグラスを俺の前においた。店内の暖房と鍋からの湯気に、新しいサワーグラスが汗をかく。 「いったい、どこの誰がそんなことを言い出したんかね。」  寒風に備えた厚着が店の暖房と喧嘩をする。上着を脱いだところで、セーターの中は常夏だ。手にしたサワーグラスの冷たさが、血行の良くなった手に心地よい。酔っている自覚はないが、きっと酔っているのだろう。無口な俺が饒舌になっているのだから。
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