1-1―悲しみの筵

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1-1―悲しみの筵

 根津珠樹(ねづたまき)は母と妹の三人で埼玉県朝霞市にある小さなアパートの一室でひっそりと仲良く暮らしていた。父、将夫(まさお)は事業に失敗し、借金を抱え、一緒に暮らしていたアパートを出て別居していた。母、多岐子(たきこ)が医療事務の傍ら老人介護のヘルパーの仕事をしながら、母子家庭の扶助を受け、なんとか家計を営んでいた。 —妹、彩菜(あやな)は生後間もなく両目を失明するという障害を背負っていた。妹の目の障害のことが父を家から遠ざけた一因であったことを珠樹はうすうす感じていた。  盲目の妹を見る時の父の嫌悪と侮蔑に満ちた失望の翳りが浮かんだ目つきが痛烈に心に刺さり、珠樹はいつからか心痛を抱えるようになっていた。その冷たい視線は珠樹に向けられる温かく穏やかな眼差しからは想像もつかないような冷酷さを放って盲目の妹に向けられていた。珠樹にとって、父がいなくなってしまったことによる寂しさという感情より安堵の気持ちの方が大きくなってしまったのは、妹のことで父母が諍いを起こしている現場を隠れ見てしまったときから、珠樹自身の内観に父に対する疑念が生じてしまっていたからかもしれない。昔のことを思い返せば、突然、借金取りが家に押し掛けてきたこともあった。父がいなくなったことでそんなややこしい騒動からいつの間にか解放されるようになり、家族でほっとできる時間が作れるようになったといっても過言ではなかった。
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