第四章 ミセス・エミリー

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 そのとき、スーツ姿の見慣れない若い男が、私に話しかけてきた。 「あなたがジェームズ神父ですね。ケヴィン神父とは仲がよろしいとか」 「はい、そうですが…? どうしました?」 「実はケヴィン神父の修道院行きについて、ひとつの噂があって…彼は表ざたには出来ない不祥事を起こして、事実上の左遷をされたと」 「何ですかそれは」  私は一瞬、呆然とした後、急に怒りがこみ上げてきた。 「それは根も葉もない噂です! よくもそんな悪意のある噂を、誰がどこで流してるんですか」  動揺のあまり私が思わず言いつのると、男は軽く肩をすくめた。嫌な感じだった。よく見ると、彼は大きなカメラを持っている。どこかの記者だ。 「ジェームズ」  さらに怒りそうな私を、ケヴィンが背後から私の肩を掴んで止めた。若い記者に向かって言う。 「今回の修道院行きの件は、自分の意志で決めたことです。講演会を聞いていただきたい」  そう言って、ケヴィンはまだ記者の方を向く私を少々強引に連れて、聖具室に入った。  祭服をしまったキャビネットや、ミサの道具、典礼書や記録などを保管する部屋だ。  二人が入ったところで、扉をしめる。  そこは誰もいないので、私とケヴィンは小声で言い合うことが出来た。 「ケヴィン、どういうことだ。あんな悪評を放っておくのか」 「ただの噂だ。放っておくしかないさ。今までだっていろいろ嫌なことはあった。君が知らないだけで」  ふと厳しい面持ちで、暗い瞳になったケヴィンは、それ以上詳細を話したがらなかった。メディアに出る彼のことを、妬んだり足を引っ張るやつは多いのだろう。言いたがらないのは、教会内の暗部だからだ。  ローマ・カトリック司祭は位が高くなるにつれ、政治に関わってゆく。  私はそれ以上追求しなかったが、やりきれない悔しさから唇を噛んだ。 「君の潔白は私が知ってる」  私は言い切った。  ケヴィンはうつむくと力なく床に座り込み、両手で顔を覆った。独白するように私に向かって言う。 「ジェームズ、キリストは本当にいると思うか」 「もちろんだ」  私は即答した。返事はなく、ケヴィンは目を伏せて沈黙していた。  片膝でしゃがむと、私は友人の両肩に手をかけ、声に力をこめて言った。 「ケヴィン、負けるな。そんなやつらに!自分のしたいことをするんだ。自分の道をつらぬけ!」  驚いたように、彼は私を見た。  息をつくと私を見つめ、しばらく黙っていた。覚悟を決めた目だった。 「私はキリストを知りたい。この世に神がいるという確証がはっきりと欲しい」 「分かってるよ」  私は彼の手を握り、床に座り込んだ彼を引っ張って立たせた。私は微笑んで、穏やかに言った。 「君にはそれが出来ると信じてる。誰が笑ったっていい。私は信じる。そのためにここで祈っているよ」
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