13人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
そのとき、スーツ姿の見慣れない若い男が、私に話しかけてきた。
「あなたがジェームズ神父ですね。ケヴィン神父とは仲がよろしいとか」
「はい、そうですが…? どうしました?」
「実はケヴィン神父の修道院行きについて、ひとつの噂があって…彼は表ざたには出来ない不祥事を起こして、事実上の左遷をされたと」
「何ですかそれは」
私は一瞬、呆然とした後、急に怒りがこみ上げてきた。
「それは根も葉もない噂です! よくもそんな悪意のある噂を、誰がどこで流してるんですか」
動揺のあまり私が思わず言いつのると、男は軽く肩をすくめた。嫌な感じだった。よく見ると、彼は大きなカメラを持っている。どこかの記者だ。
「ジェームズ」
さらに怒りそうな私を、ケヴィンが背後から私の肩を掴んで止めた。若い記者に向かって言う。
「今回の修道院行きの件は、自分の意志で決めたことです。講演会を聞いていただきたい」
そう言って、ケヴィンはまだ記者の方を向く私を少々強引に連れて、聖具室に入った。
祭服をしまったキャビネットや、ミサの道具、典礼書や記録などを保管する部屋だ。
二人が入ったところで、扉をしめる。
そこは誰もいないので、私とケヴィンは小声で言い合うことが出来た。
「ケヴィン、どういうことだ。あんな悪評を放っておくのか」
「ただの噂だ。放っておくしかないさ。今までだっていろいろ嫌なことはあった。君が知らないだけで」
ふと厳しい面持ちで、暗い瞳になったケヴィンは、それ以上詳細を話したがらなかった。メディアに出る彼のことを、妬んだり足を引っ張るやつは多いのだろう。言いたがらないのは、教会内の暗部だからだ。
ローマ・カトリック司祭は位が高くなるにつれ、政治に関わってゆく。
私はそれ以上追求しなかったが、やりきれない悔しさから唇を噛んだ。
「君の潔白は私が知ってる」
私は言い切った。
ケヴィンはうつむくと力なく床に座り込み、両手で顔を覆った。独白するように私に向かって言う。
「ジェームズ、キリストは本当にいると思うか」
「もちろんだ」
私は即答した。返事はなく、ケヴィンは目を伏せて沈黙していた。
片膝でしゃがむと、私は友人の両肩に手をかけ、声に力をこめて言った。
「ケヴィン、負けるな。そんなやつらに!自分のしたいことをするんだ。自分の道をつらぬけ!」
驚いたように、彼は私を見た。
息をつくと私を見つめ、しばらく黙っていた。覚悟を決めた目だった。
「私はキリストを知りたい。この世に神がいるという確証がはっきりと欲しい」
「分かってるよ」
私は彼の手を握り、床に座り込んだ彼を引っ張って立たせた。私は微笑んで、穏やかに言った。
「君にはそれが出来ると信じてる。誰が笑ったっていい。私は信じる。そのためにここで祈っているよ」
最初のコメントを投稿しよう!