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第二章 17歳のハリケーン
あれは私が17歳のときだった。
当時の私は神学校に通っていた。用事がない限り街への外出はしないが、このときは街の公立図書館に行った。神学校指定の制服姿だ。
レポートに使いたい目的の本は、公立図書館の外には禁貸出だった。仕方がないので、読みに通った。
一週間ほど通い、宗教学の本棚から、分厚い革張りの「マルティン・ルターの宗教改革三大文書」を手に取ろうとしたときだ。
「あの…」
そばに見知らぬ女性徒が来て、ふるえる声で話かけられた。本棚の前で振り向くと、街の学校の制服を着た少女が立っている。
年頃は自分と同じくらい。顔立ちは整っていて、茶の髪を後ろにひとつで結いあげ、清純そうな感じがした。その頬が赤く染まり、手と声が震えていて、思いつめた瞳をしている。
その澄んだ瞳が、私を真っ直ぐに見つめていた。
「私、エミリーといいます。私、私…あなたが好きです。この手紙、読んでください!」
可愛らしい桃色の唇でそう言われ、白い封筒に入った手紙を差し出される。
突然のことに驚きすぎた私はうろたえ、何も返答をせずに後ずさった。即座に、その場からきびすを返して逃げた。
手紙も受け取らず、図書室に彼女をひとり残して。
「待ってください!受け取ってください!」
背後で怒ったような彼女の声と、足音がするので振り向くと、なんと少女は手紙を片手に、走って追いかけて来るではないか。
一瞬、冷や汗が流れて恐怖を感じた。
まずい。非常にまずい。神学校の男子生徒が、異性に追われている図というのはかなりまずい。
カトリック神父は妻帯が許されない。神学校の校則でも男女交際は禁止である。
足の速度を早め、私は二度と振り向かず、必死に走って逃げた。
翌日、同じ少女が神学校の校門に立っているのを見つけた。私はかなり驚いた。女人禁制の神学校の校門で待ち伏せするなど、相当の度胸があるタイプだ。
また不安と恐怖が先にたって、泣きそうになった。会いたくなかった。
昨日の少女は震えながらも、正面から見据えてきた。
芯の強いブラウンの瞳。
あの澄んだ眼差しを、再びまともに受ける勇気はなかった。
身ぶるいしつつ校舎の影に隠れたが、なかなか彼女はしぶとくあきらめて帰らない。困った私は、これでは寄宿舎に帰宅できないと、通りがかりのケヴィンに泣きついた。
「情けないな色男。まぁ任せとけ。きっぱり断ってきてやる」
ケヴィンは普段はそそっかしくても、こういうときには頼りになる男だ。遠くから校門の二人をこっそり眺めていると、しばらくたって彼に何かを言われた少女は、校門から去っていった。
泣いているように顔をうつむかせ、足早に去ってゆく娘。その白いうなじが、やけに印象的で胸に痛かった。
私のところに戻ってきたケヴィンは唇を引き締め、むっつりとした顔だった。
私はおずおずと問いかけた。
「ケヴィン…その、彼女…泣いてたのか…?」
「知るか。自分で断らなかったくせに」
ケヴィンは怒ったように言葉を切ると、それきり何も言わなかった。
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