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第四章 ミセス・エミリー
私を眺め、ふふ、とエミリー夫人は笑った。
「ジェームスさん、あなたは立派な神父になったわね。今日はなんだか懐かしくなってしまって、立ち寄ったの。あれから私は学校を卒業したあとは、働いて、結婚して…子供も二人持ったわ。男の子二人よ」
「幸せそうに見えます」
「そうね。今の暮らしに満足してるわ。あなたはいま、幸せ?」
「それは…」
私は少し言葉に詰まった。なぜか、すぐに返答ができなかった。
自分は幸せなのだろうか。
沢山ある人生の選択肢で、私は神職一筋で来て。
それは正解だったんだろうか。
それでも…。
「はい」
少し照れながらも小さくうなづき、私は答えた。
「私はこの日常が愛しいんです。問題はいつだって多々あるけど、ここは私を必要としてくれている」
「私だってあなたを必要としていたわ」
エミリー夫人は、わずかに怒りを見せて私を見つめた。
ふいに、彼女の中にあのときの女学生が見えた。私と目が合う。純粋さをもった、一本気なブラウンの瞳に見すえられた。
しまった、と思った。
捕まった!と。
「あのときに一言も私と話さなかったことは、ひどいと思いません?」
問い詰めるような口調だった。エミリー夫人は笑顔で微笑んでいるが、目の奥のまなざしに力がこもっている。
こちらは背中に冷や汗が流れた。逃げ場はないような気がした。
「私が去ったのは、あなたが私に会いたくない事を知ったからよ。一度も会ってもらえずに、もう無理だとわかったの」
ふと、彼女は悲しげに目を伏せてそらした。
「ミセス・エミリー…」
ばつの悪い思いで、私は彼女の目をまともに見れずにうつむいた。
「すみません…。私だって…あなたのことは忘れていません」
それを聞き、エミリー夫人は顔を上げ、そこで初めて心から微笑んだように見えた。
「ありがとう。それが聞きたかったの。さようなら、ジェームズさん」
「さよなら、ミセス・エミリー」
彼女は教会の外へ去っていった。
心臓はまだ高まっている。甘く苦い胸の余韻。
私は力が抜けて、近くにあった椅子に座り込んだ。
若いときの私の淡い初恋は、ようやく今日終わったのだ。
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