19人が本棚に入れています
本棚に追加
*
洗濯されて綺麗になったワイシャツの第一ボタン、袖口のボタンまできっちりと締め、響は荷物とジャケットを片手に三和土を降りた。
「ご迷惑おかけしました」
そして玄関で見送る弥生たちに向き直り、深々と頭を下げた。
「また改めてお礼に伺いますので──」
さらに丁寧になるお辞儀を制止するように、弥生は言葉を被せる。
「いいのよ、全然気にしなくて。さっきも言ったようにお互い様なんだから」
からっと笑う弥生に少し躊躇ったが、響は最後には首肯した。では失礼します。踵を返して行こうとしたが、大事なことを思い出して動きを止める。また振り向いて、言い出しづらそうにつぶやいた。
「あの……最寄りの駅ってどこですか?」
気を失った状態で運ばれてきた響は、正直ここがどこだかわかっていなかった。戸から覗いた景色には田畑が広がっていたので、郊外からは少し離れた場所であることは予想していたのだが、明確にわからないと帰るにも帰れない。
先生として頼られることが嬉しく、浮かれてしまってすっかり場所を訊くのを忘れていた。今さら恥ずかしくなってきて、響は思わず俯いてしまう。すると自分とは違う紺色のスニーカーの足元が視界の端に見え、顔を上げる。いつの間にか翔が隣に立っていた。彼は弥生に目配せしてから響を見る。
「駅まで送ってく」
ぼそりとつぶやいて、先に外に出た。もう一度弥生に会釈してから、響もその後に続く。
最初のコメントを投稿しよう!