【24歳 初夏】

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 ゆっくり、顔を上げる。    息が、止まった。    明が笑っていた。  愛おしそうに翔を見つめながら、穏やかな表情で彼は微笑んでいた。  生前彼が見せてくれていた、日溜まりのようにあたたかく、優しい笑顔だった。  翔の頭に手のひらを乗せて、何度も何度もその手が柔らかに髪の上を撫でる。何度も、何度も。そして、口ずさむようにゆっくりと、何かをつぶやいた。  その瞬間、涙の膜が張り出して、目の奥が熱くなる。響は込み上げてくるもの全てを抑えようと、口元に手の甲を押し付けて俯いた。目を閉じると、取りこぼした涙の粒が無情に机の上に落ちる。 「ちょっ、なんで泣いてんの?」  翔が困惑した表情で響を覗き込んでいた。響は嗚咽だけは出すまいと喉に力を入れていたので、返事ができずに黙りこくる。ただ身体を痙攣させて、感情の波が治まるのを待つしかない。しとしとと降る雨の音が耳を掠めて、心の襞を鎮めていく。 「別に怒ってるわけじゃないよ。一生懸命やってくれてるのわかってるから」  翔の声が、小さな子を宥めるような優しさでそっと降ってくる。  鎮まりかけた感情が再び渦を巻いて暴れ出した。  違うんだ。  心の中で吐き出したつもりが、ぼとりと口から出てしまっていた。  え? と翔が小さくつぶやいたのが聞こえる。 「嬉しくて……」  次に出てくる言葉はもう止まらない。 「翔が、生まれてきてくれてよかった」
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