1-1

2/13
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
「兄貴、目覚まし鳴ったぞ。起きて」  すぐに目を覚まさなかったらと一抹の不安が過ったが、その目はゆっくりと開かれた。まだ開けきらない瞼の下からぼんやりとした様子で俺の顔を見つめ返してくる。 「おはよ」  呼び掛けると、反応して身体がピクリと動いた。次第に焦点を定め出した瞳が朝陽に薄く照らされる。 「おはよう……」  兄貴は眠そうな声でぽそりとつぶやく。意識はまだ微睡みの中にいるのか、何度もゆっくりと、確かめるように瞬きを繰り返した。そして、眠気を振り払うようにうーんと言いながら、両手を上げて伸びをする。 「もう朝かぁ」  欠伸と一緒に言葉を吐き出すと、両手を上げた状態で脱力していた。目を閉じたまま静かに息を吐き出して、また両手を元に戻す。 「いつ帰ってきた?」 「ん~……三時くらい」  時計に目を向けると、現在の時刻は七時。帰ってきて身支度の後で寝るだろうから、実質、三時間しか寝ていないことになる。兄貴は必死に目を開けようとしているのか瞼が震えていた。 「大丈夫?」  俺がそう言うと、兄貴はむくりと起き上がった。灰色の影に覆われた背中がだるそうに曲がっていた。切り揃えられた髪は寝癖がついて至るところに跳ね上がっている。毛先を揺らして、兄貴は首だけ俺に向き直った。 「大丈夫だよ」  そう言うと、いつものように笑ってみせた。目尻に皺が寄っていて、口角が少し引き攣っている。無理に笑うとこうなることは、俺でも知っている。いつも笑ってごまかすくせに、つくり笑いは下手くそだ。 「もう続けてシフト入るのやめろよ」  言い聞かせるよう強い口調で言っても兄貴は苦笑いをするだけで、こちらの意見を聞き入れる様子はなさそうだった。 「働ける時に働いとかないと」  どこか憂いにも似た余韻を湛えて、兄貴はつぶやいた。自信なさげな声になるのを、控えめに微笑んでごまかす。そうやって無理ばかりするから、治るものも治らないんじゃないか。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!