残  照

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 『 お母さん   お母さん・・・親不孝の百合子、   これを読んで貰うときが   一番の親不孝だと思います。   昨年、癌と、余命少なしと   宣告されて、生前の父さんと   相談の通り・・・旅立つ準備を   始めました・・・・・。   何から話せばいいでしょうか。   家族を振り切り、絶縁までした   背徳の恋は、家を出て   十年くらいで終わりました。   「必ず妻とは別れる」と   約束してくれたあの人は   とうとう最後まで家庭を   棄てることはなく、私から   去ってゆきました。   昔、お母さんも  「家のある男は必ず家へ帰る」   と、私を諫めてくれたとき、  「お父さんとあの人は違う」   大見栄きって家を出た私、   ・・・情けない話です。   失意のままに病気になって   入院先からお父さんへ連絡が。   その日からでした・・・     お父さんは度々、私を訪ねて   下さり、会社を辞めた私に   生活が成るようにと、不動産   まで用意してくれました。  「除籍までしたお前を家に   戻すことは、身内の手前、   出来ない」とお父さんは   仰いましたが・・・   そうではなくて、私の最後の     見栄、プライドみたいなものを   守ってくれたのだと思います。   お母さんに会うことは   とうとう最後まで叶いません   でしたが、お父さんとは   子供の頃よりも、ずっとずっと   親子らしい時間をこの家で   過ごすことが出来ました。  「若い娘に入れあげてると、会社の   連中が噂しとる」・・・   お父さんは笑っておいででしたが   お母さん、私のために・・・   不愉快な思いをされたと、   申し訳ない気持ちで一杯です。   庭の紫蘭、気づいて戴けましたか?   この家に越したとき・・・   お父さんが株分けて、持ってきて   下さいました。あれを見て   二人であれこれ話しながら   優しい時間を過ごせました。   ありがとうございました。   お母さん、見栄っぱりの娘を   どうか、御許し下さいませ。   来世もまた、お二人の娘に   生まれて、今度はきっと   親孝行を致します。兄さんにも   これからかける御迷惑を・・・   どうかどうか・・・御詫びを   してください』                       
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