刹那の花

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身体だけが納得して 蒲団を抜けると 煙草を持って庭に出た。 「寒いですよ」 庭で声を掛けてきたのは 廓の息子、京都の帝大で 天文学をやってるらしい。 綿の入った半纏を 持ってきてくれた。 「ありがとう・・・  こんなに遅くまで  勉強かい?」 「はい・・・こんな非常時に  呑気で申し訳ないのですが」 「いや、学問こそ学者の本分さ。  心おきなく若い学者に学問を  させてやれない時節が可笑しい。  ハ・・・、廓遊びの男の言葉  にしちゃ、御笑いか、ハハハハ」 自嘲的な笑みは廓の息子・ 直嗣も同じのようだ。 「天文学なんて、今の日本には  無駄ですからね、廓のアガリ、  “女が削る命“で贅沢な学問を  無駄にしているだけです」 「いや・・・無駄なんかないさ。  いずれ平和になったなら  各国は国ではなく、天空を  相手にするだろう。そのときは」    “いずれ平和に“ 自分で言ってハッとした。 平和、平和・・・どうすれば どうすれば・・・・・ その事が引っ掛かり始めると いてもたってもおれず、 ゆきはなの部屋に戻った。 「少し仕事をさせてくれ。  お前はそっちの部屋で  ゆっくり休め」 肩を叩いて促した。 「さっきは・・・  乱暴な抱き様で・・・  すまなかった・・・」 「そんなこと・・・  私がいたらないから・・・」 「とにかくゆっくり眠りなさい」 壊れそうな微笑みのゆきはなを 蒲団の中に入れて 薄明かりの下に 書類を拡げた。 (しのごの嫌悪に酔ってる  場合なんかじゃない!  学者も女にも・・・  自由や平和を早く、  一日でも早く・・・・・!)    
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