004 三人寄れば気狂いのお茶会

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004 三人寄れば気狂いのお茶会

/* SYS522/10/05 Ã:Æà */  世界樹(サーバー)に最も近い第一都市(テオリア)。その擁するビル群の一つ。とある一画に鎮座する、カプスクーゲル・ビルディング、その屋上におよそオフィス街に相応しくない格好をした人影が三つあった。 「さて、始めるか」  帽子を被った人影が言い、それに線の細い人物が応える。 「めんどくさぁい」 「黙れ三月ウサギ!」  フェンスに寄り掛かり、いかにも退屈そうに欠伸を噛み殺す彼に叱責が飛ぶ。だがそれに特に堪えた様子もなく、今度はやれやれと肩をすくめる。 「だぁってさぁ。ねぇ眠りネズミもそう思うでしょ?」 「眠い……」  青年に問われた少女は、もう既に夢の世界に片足を突っ込んでいた。今にもそのままダイブを果たしそうだ。白い髪がふわふわと風に揺れる。 「帽子屋もよくやるよねぇ。そんな事よりさぁ、俺とイイコトしない?」 「去勢されたいのか」 「やだこわぁい」  ケラケラと笑う青年、三月ウサギを尻目に帽子屋は眠そうな少女に向き合いただ一言。 「眠りネズミ」  少女はそれに頷き、おもむろに羊を数え始める。 「”羊が一匹、羊が二匹……”」  それに従い、突如地面に円型が現れた。彼女を中心とし、屋上全体を覆う程の大きさ。細かい模様が書き込まれているその円は、一部が大きく欠けている。形状は例えて言うなら、三日月より少し膨らんだ程度。暫くの間淡々と羊を数える少女の声だけが在り、そして、風が止んだ頃。 「”羊が五匹、飛び出した。”……出来た」  と呟いた。 「では僕も」  帽子屋が指でくるりと宙に円を書く。事も無げに行われたその動作に呼応し、地面に三つ、二重の円が浮き出る。特徴的なのは軌道上に規則的に点が打たれている事だ。淡く発光したその部分がめきりと軋み、歪み、べきべきと音をたてながら隆起する。 「本当便利だよねぇソレ」  地面から出来上がった三脚の椅子。それぞれに各々が座り、各派閥に所属する特異なバグが集う《お茶会》が開始された。 「まず僕からだが」  バグの中で特に危険な思想を持つ者が多い過激派。その頂点に建つのが”ボーアバグ”だ。常に帽子を被っている事も含め、通称は【帽子屋】という。 「最近僕ら過激派に補正者(エクセプション)が噛み付いてくる事が多い」 「今更じゃなぁい? だって怖いモンねぇ」 「それだけじゃない。どうも情報が漏れているんだよ、なぁ共生派」 「えぇー? もしかして俺疑われてる?」  どうにも緊張感を持たない間延びした喋り方をするその青年は、三派閥の中でも少し特殊な考え方を持った共生派に属する。バグも、そうでない者も、皆等しく在れと考える。つまりは 「皆バグになっちゃえって思ってる俺達がさぁ、わざわざバグ減らしたりする訳ないじゃん? そんなコトより遊んだ方がずっとイイよぉ」  楽しそうに笑う青年。極端な悦楽主義でもある彼は、”マンデルバグ”、あるいは【三月ウサギ】と呼ばれる。 「俺なんかよりさぁ、そこの保守派の方がアヤシイんじゃない? ナニやってるか判らなくて」 「……失敬な」  少女が閉じていた目を開く。 「私達は、何もしない。それは判っている筈」 「ハッ、どうだか」  言い捨てる帽子屋に眠そうな目を向ける。  彼女は現在、保守派に所属している。自分からは働き掛けず、ただひたすら息を潜め平穏を望む一派。活動は慎重に慎重を重ね、バグですら把握は難しい。その中で唯一"お茶会に参加する"という行動パターンが把握されている人物。それが"ルナヘイズバグ"である彼女だ。常に眠そうなその様相もあり、【眠りネズミ】とも称される。 「私達より疑うべき人物はいる筈……、たとえば、」  そこまで言って、彼女は目を見開いた。その視線の先には亀裂。亀裂と言っても壁に入ったものではない。ここは屋上だ。この裂け目は、空間に入っていた。徐々に罅は広がり、ついには一部が剥落し始める。  まず現れたのは脚だった。ハイヒールを履いたすらりとした脚。ついで黒のスカートが翻り、濃紺のカーディガンが揺れ、 「遅れてごめんなさいね」  そこには、特徴的なカラーリングのストールを巻いた女性がいた。栗色の髪を揺らし、穏やかに微笑む。 「ッ! チェシャ猫!」  帽子屋が叫ぶと同時に、チェシャ猫と呼ばれた彼女の目の前に二重の円が浮かぶ。間髪いれずに何もない空間から楔が射出された。そのスピードは圧倒的に早く、防御することを許さない。 「きゃ!」  だが彼女は帽子屋の背後に転移するという手段で回避した。チェシャ猫が得意とする呪文(コード)の一つ。標的を失った楔はそのうちまるで見えない壁に阻まれたように弾かれ、落ちる。 「いきなり攻撃するなんて酷いわ」 「何故貴様がここにいるチェシャ猫」 「お茶会があるって聞いたからよ。ダメだったかしら?」  歩を進めながら指を鳴らせば、軽快な音と共に椅子が一脚現れる。それに腰を下ろし、笑う。 「私が呼ばれなかったのは知ってるけどね?」  ”ハイゼンバグ”、もしくは【チェシャ猫】と呼ばれる彼女は、バグに存在する三派閥のいずれにも属さない。バグの中でも特に危険視される所以はそこにある。ただふらふらと気まぐれに手を貸し、裏切り、掴み所がない。 「なんの為の壁だと思っている」  帽子屋は未だ敵意を隠さず鋭い視線を向ける。計画立った活動が多い過激派は、相対的にチェシャ猫に邪魔される回数も増える。煮え湯を飲まされた事も一度や二度ではない。 「暇潰しには丁度良い感じだったと思うわ」  相変わらずの笑みを顔に浮かべたまま、事も無げにチェシャ猫は答える。  眠りネズミが先程走らせた呪文(コード)は不可視の”壁”を作るものだった。目に見えず、しかしすべての運動を拒絶する壁。表面の屈折を少し調整すれば、外から中の様子を把握することは出来ない。通り抜ける物を限定すれば、音すら遮断する。勿論、呪文(コード)自体も例外ではない。 「……上書きしたのか」  特異なバグである彼らの書く呪文(コード)は、その特性ゆえ難解である場合が殆どだ。複数の呪文(コード)が同時進行し、幾重にもネストされ、やがて一つの作品とも言うべき結果を導きだして行く。そうやって複雑に織られたそれを、いとも容易く理解し、上書きするという荒業。それにこのチェシャ猫はいかほどの時間を掛けたのだろうか? 「修復に時間が掛かる……」  眠りネズミが小さくため息をついた。先程開けられた穴は既に塞がれているが、複雑な呪文(コード)はその分細かな調整にも気を使う。 「あとどのくらい掛かる?」  帽子屋が腕時計に目をやる。 「完全修復で一時間くらい」 「応急処置なら?」 「それは終わった」  そうか、と呟き今度は突然現れた訪問者の方に向き直った。 「何故来た、チェシャ猫」 「だからお茶会やってたからって言ったじゃない。それ以上の理由は特にないわ」  既に興味を失ったかのように、亜麻色の髪をつまらなさそうに弄る彼女。指が触れる先から、少しずつ色が変わっていく。言葉を発する者は無く、重い空気が流れる。 「んもーさぁ、細かいことは良いんじゃなぁあうわっ!」  痺れを切らし大きく伸びをした三月ウサギが、椅子と共にバランスを崩し倒れる。だが、予想に反してけたたましい音が響く事はなかった。帽子屋に向かって投げキッスをする余裕を見せた所で、突然宙に樹のような物が描かれる。枝を伸ばし、根を張り、複雑に描き込まれていくフラクタル図形に、椅子と共に三月ウサギの姿が沈んでいく。それは端から見ればまるで、画面からフレームアウトしていくかのようだった。  そして一拍置いてのち、屋上の奥から椅子を抱え戻ってくる。わざわざチェシャ猫の隣に椅子を持ってきて座ったのは偶然ではない。 「びっくりしたぁ」 「大丈夫だったの?」 「心配してくれるのぉ? チェシャ猫やっさしーぃ」  髪に触れていた彼女の手を取ろうとし、だがそこに突然割り込んだ二重の円に気付く。 「うぇっ」  先程より一回り小さい帽子屋の詠唱(コーディング)だった。 「無闇に穴を開けるな、三月ウサギ」 「えぇー? だぁって、転んだら痛いじゃん?」 「大人しく倒れていればいいだろう。おいチェシャ猫!」 「なにかしら?」 「一つだけ言っておく。僕の邪魔はするな」  帽子屋の突き付けた指先がついと上を向く。それにつられ視線を上げた先には、一際大きな三重の円。有無を言わせない圧力が掛かる。明らかにそれは、警告だった。邪魔をすれば死を以て償えという類いの。  だがそれを前にしてチェシャ猫はにまりと笑う。 「キミがヒカルに手を出さないのなら」 「ヒカル? お前が最近お気に入りの過激派か」 「お気に入りじゃなく特別っていってほしいかな。私を私と見てくれるし」 「えぇー? チェシャ猫女の子でも女の子いけるのぉ……?」 「お前は黙ってろ三月ウサギ! あとくそっ、おいいい加減にしろそこの毛玉たたき起こせ!」 「……起きてる」  椅子の上で丸くなっていた眠りネズミがもそもそと動き、眉間に皺を寄せた帽子屋が痛む頭を押さる。だれた三月ウサギを横目にチェシャ猫は笑った。 「あとは面白そうかどうかかしら」 「最近補正者(エクセプション)に鉢会うことが多いのはお前の所為か?」 「……さぁ?」  スカートを翻しチェシャ猫は席を立つ。 「あれもう行っちゃうのぉ?」 「つまらないもの。疑われてばっかりというのも傷付くし」 「えぇー」  不貞腐れる三月ウサギに手を振る。 「あまり無駄打ちはするなよチェシャ猫」  帽子屋の言葉にも笑顔を返す。 「なんの事かしら?」  来た時と同様、それは唐突に起こった。チェシャ猫が指を鳴らすと同時。透明な膜が溶けるようなエフェクトと共に、空間に穴が開く。 「また壊された……」 「じゃあね」  笑顔を浮かべるチェシャ猫の姿が徐々に薄れていく。再び場は静かになり、残されたのは三人の特異なバグと空いた椅子が一脚。 「疲れる奴だな本当に……」  深いため息を帽子屋が溢す。 「チェシャ猫って可愛いよねぇ、ちょっと前まで結構遊んでたのは知ってるけどぉ、今度誘ってみようかなぁ?」  ご機嫌な三月ウサギは髪で遊んでいる。 「……やめておいた方が良いと思う」  眠りネズミがぽそりと呟いた。 「え?」 「僕は止めないがな。それでコイツが大人しくなるなら安いものだ」  立ち上がり椅子を消しながら帽子屋も応える。興が削がれた時点でお茶会は終了だ。 「えぇー、なになにぃ? だって性別どっちかわからないんでしょ? もしかしたら可愛いのが本体かもしれないしぃ、よくない?」 「……あのね三月ウサギ、勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど」  あの人男だから、と静かに眠りネズミは言う。 「……うっそぉ!!」  蒼天に悲痛な声が吸い込まれていった。
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