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2.変化は、知らないうちに
僕があれこれと考えていると電車は菊名駅に着いた。
夕方とは言えまだ気温は高く、ドアが開くと、熱い風が吹き込んできた。まだ降りる駅が先の浩二に手を振って、僕は電車を降りた。いつもなら智也も一緒に降りはずだったが、今日は僕一人だ。
エスカレーターが混んでいたので、僕は階段側を登った。階段を登り、重いバッグを肩に掛けなおし、駅の改札を出ようとしたときだった。
「あ、陽じゃん」
と誰かが僕を呼んだ。
声の方向を見ると、実夏がいた。同じマンションに住む同級生だ。
反対側の電車から降りてきたとこだったらしい。肩の空いたTシャツにデニムで、肩からナナメにカバンを掛けていた。
あのカバンを持っているから、きっと塾帰りだったんだろう。
「ああ」
と僕は返した。
実夏は僕の近くに寄ってきた。
「あれ? 今日は智也は一緒じゃないの?」
一瞬、動きが止まりそうになった。
僕は、実夏の言葉にどう返事をしたらいいのだろうと少し考えた。
実夏は智也が転校することを知っているだろうか。いや、知っていたなら、なぜ一緒じゃないかなんて聞いてこないだろう。
何から話せばうまく話せるんだろう。いろいろ考えてみたが、何も思い浮かばなかった。自分でも落ち着いて考えられていないのはわかった。
僕は何も答えず、実夏から視線を外して、改札口を出た。
すると「何よ」という声が後ろから聞こえた。振り返ると実夏も改札口を出てくるところだった。
「なんで無視?」
僕は何も言わない。
「今日、準々決勝だったんだっけ? どうだった?」
僕は何も言わない。言いたくもなかった。
試合があったことも、智也のことも。何もかも隠していたい。でも、この格好じゃ試合があったことはバレバレかもしれない。
「何よ。少しくらい何か言いなさいよ」
実夏の言い方が少しきつくなった。イラついているのかもしれない。何も言わない僕が悪いのはわかってるけど、命令される覚えはない。
「なんで命令形なんだよ」
「何も話してくれないからよ」
もっともな言葉だったけれど、なんでこいつはこんなに強気なんだろう。何かありそうだから聞くのはやめておこうとかはないのかな。
「あ、負けちゃったの?」
実夏はサラッときついことを言う。怒る気にもなれず、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「勝ってたら話してくれるはずだしね。ゴール決めたとか、何点取って勝ったとか」
確かに負けたわけだけど、そう思ったんだったらもう少し聞きにくそうな振りをしてくれたって言いだろう。もう小六なんだし。
それに僕が何も話したくない理由を実夏はわかっていない。
実夏とわざわざ喧嘩する必要はないけど、うまい言い方が思いつかなかったので僕は無視して歩き始めた。
しばらくして、振り返るとそこに実夏はいなかった。同じマンションに帰るわけだし、いつもなら一緒に帰ってもいいのだけど、今日は一人でいたい気分だった。
だから実夏が付いてこなくて、正直ホッとした。
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