2.変化は、知らないうちに

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 それから、少し歩いていると後ろから「陽」と名前を呼ばれた。呼ばれてから振り返るまでに、その声は実夏の声だとわかった。  振り返ると、自転車に乗った実夏が僕のすぐ後ろまで来ていた。僕についてこなかったのは自転車を取りに行っていたかららしい。  実夏は僕の横に並ぶと自転車を降りた。横に並んで思ったことがあったけど、僕はそれを言わないことにした。 「なんか不貞腐れてる?」  さっきの話の続きらしい。 「不貞腐れてなんかない」 「負けたのって初めてじゃないでしょ?」 「そりゃそうだけど」 「なんでそんなテンション低いの? 世界が破滅したわけじゃないでしょ」  どういう例えなんだろう。世界が破滅したらテンションが低くなるどころではない。何を突っ込めばいいのかわからず黙っていると、実夏が僕の顔を覗き込んだ。 「なんか怒ってる?」 「別に」 「じゃあ何なの、その態度」 「別に」 「ていうか智也は?」  少し大げさに実夏は辺りを見渡す。どう見ても智也がいないことはわかっているはずなのに。  ただ、実夏が気にするのもわかる気はする。  僕と智也はいつも一緒にサッカーのクラブに通っていた。実夏から見れば、智也がいないことは不自然に見えたのだろう。 「今日は一緒じゃない」  そう言うと「へー」と実夏は驚いたようだった。そんな意外なことなんだろうか。「珍しく喧嘩でもした?」 「してない」 「ふーん、いつも一緒なのに」 「もう一緒には帰らないよ」 「え?」  しまった、と僕は思った。  余計なことを言ってしまった。実夏が気にならないはずない言い方をしてしまった。  たぶん実夏は智也が転校するなんて話知らないはずなのに。  実夏は「んー」と唸りながら何か考えているようだった。 「もう一緒に帰らないって……やっぱ喧嘩したの?」 「違う」 「じゃあなんで一緒じゃなくて、なんで怒ってんの? 教えてよ。話、聞いてあげるよ?」 「うるさい!」  自分でも苦し紛れであることはわかった。何の説明にもなっていない。こんな言い方をしたら実夏はきっと怒ると思った。  けれど、実夏は怒った顔を見せることはなかった。実夏は大げさに大きなため息をついた。そして冷めた目で僕を見てこう言った。 「何ひとりで怒ってんのよ。負けたなら負けたでいいじゃん。……意味わかんないし」  実夏は僕を睨み付けた。 「ヤダヤダ。勝手にすれば? 本っ当にガキなんだから」  実夏はそう言い捨てると、再び自転車に乗った。そして、そのままペダルを漕ぎ始めた。  僕は実夏に何か言わなきゃと思ったが、実夏は風に長い髪をなびかせて、あっという間に遠くなっていった。そのまま緩い坂の向こうに消えて行ってしまった。  「悪いのは実夏だ」と思うところもあったけど、一番悪いのは、どう考えても自分だってことはわかっていた。  それから十分ぐらい歩いて、マンションに着いた。  夕方のオレンジ色の光がエントランスに差し込んでいた。もう今日が終わろうとしている。今朝、こんな風な夕方が来るなんて思いもしなかった。
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