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マンションの外に出ると、空はまだオレンジ色だった。
夕日が差し込む公園では、小学校低学年の子供たちが野球をしていたり、ジャングルジムや滑り台の遊具で遊んでいた。
僕と智也、実夏も幼稚園の頃からよくここの公園で遊んだ。「そこの公園」と言えば伝わるぐらい僕たちが慣れ親しんだ公園だ。
実夏は公園入口そばのベンチに座った。
僕は横に座ろうかちょっと悩み、まわりを見渡してみた。同じ小学校ではあるが、低学年の子たちしかいなかった。しかし、僕はとりあえず立っていることにした。
女子の隣に座っているところをクラスメイトに見られてしまうと、あとでどんなことを言われるかわからない。
実夏は立っているままの僕をチラッと見た。しかし、僕が座らないと思ったのか、そこについては何も言わなかった。
「いつ知ったの? 転校のこと」
実夏が僕に聞いてきた。
「試合に負けたミーティングの後」
「監督さんが教えてくれたの?」
「智也がみんなの前で言ったんだ」
「そう……。智也、泣いてなかった?」
「あー……、泣いてなかったよ」
さっきの控え室で智也が見せた意志の強さを見せた目を僕は思い出した。サッカー以外ではオドオドすることが多い智也があんな目つきを見せるなんて珍しいことだった。
「そっか。智也、頑張ったんだね」
実夏もまた智也の性格を良く知っていた。
小さな頃の記憶が頭の中で蘇る。
あの頃の智也は、近所で誰かに突き飛ばされたくらいで泣いていた。僕と実夏は、その泣かした相手を見つけ出してやりかえしたこともあった。その後はいつも決まって僕も実夏もお互いの母親に怒られていた。
「私さ、さっき家に帰ったときママに言ったんだ。『陽と会ったんだけど、機嫌悪かったの。サッカー負けたくらいで最悪だよね』って」
「へぇー……」
僕は『サッカー負けたくらいで』という発言には敢えて突っ込まない。
「そしたらさ、『智也君が転校するからもうサッカーできなくなるからでしょ』って」
実夏は、自分の母親の喋り方を真似しながら話す。
「私が『なにそれ?』って言ったら、『あ、まだ貴方は知らないことよね』だって。何サラッとすごいこと言ってくれてるの? ってイラッときちゃってさ」
実夏のお母さんは、見た目は綺麗なんだけど、どこかふわふわしているようなイメージがある。
喜怒哀楽がはっきりわかる実夏とは対象的だ。
「私、意味わからなくてさ、『智也が転校って? なんでそんな大事なことを教えてくれないの? あ、さっき、陽が機嫌悪かったのはこれかー!!』って思ったんだ」
実夏は髪と腕を振り乱しながら話した。一人で舞台でもやっているみたいに見えた。いつものことではあるけれど。
「私、空気読まないでひどいこと言っちゃった、謝らなきゃと思って、あんたん家に行こうとしたの。そしたらマンションの階段をダンダンって駆け下りる足音が聞こえてさ、『あれ、この音ってもしかして陽じゃないの?』と思ってそれで電話したんだ」
さっきエレベーターが八階で止まったのは実夏が乗ってくるからだったということを僕は理解した。あのままエレベーターを待っていたら実夏と鉢合わせしたのだろう。
「とりあえず謝ろうと思って」
ベンチから立ち上がり、僕を見た。
「本っ当にごめん! 私、陽の気持ちも知らずに嫌な感じだった!」
実夏は僕に向かって深々と頭を下げた。
長い髪が勢いよく舞うほどに。
こんな風に謝られて許さないわけにはいかない、というよりも僕は実夏に対しては怒っていない。
「別に、気にしてないからいいよ」
と僕が言うと、実夏はパッと顔を上げた。そして満面の笑顔で僕を見た。
「本当に? 許してくれる?」
「オレが許すとかいう問題じゃないだろ。実夏は事情知らなかったんだから仕方ないよ。オレがイライラして八つ当たりしたのも悪かったし」
「そういえばさっきキレられたよね……」
実夏が卑屈な目で僕を見る。さっきのことを思い出したらしい。僕はその視線に居たたまれなくなり、
「……悪かったよ」
と言った。実夏は軽く頷き「ま、いいけどね」と言ってベンチに座った。
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