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「ちょっと待ってください! 今のがオフサイドですか!?」
僕は主審に詰め寄った。厳しい表情の主審は頷いた。
相手チームからは歓喜の声があがった。主審の向こう側で俯くチームメイトの姿が見えた。
「智也は、二番と並行してポジションを取っていたはずだ! 僕のパスで裏に飛び出してゴールを決めたんだ! オフサイドのはずない!」
「九番はパスが出るより前に飛び出していた」
主審の冷たい声に、胸の奥から何かが沸々と湧きだしてくるのがわかった。
嘘だ、嘘だ、嘘だ!
そんなはずがない。
「そんなはずない!」
僕と智也の連携が失敗するはずがない。
「やめろ! 落ち着け、陽!」
潤が後ろから僕を羽交い絞めにして止めようとする。引き下がってなんていられるか。こんなことありえない。
「どうしてあれがオフサイドなんだ! もっとちゃんと見てください!」
「ダメだって! 落ち着け!」
「おい、陽、やめろ!」
伸弥たちまで集まってきた時だった。主審はポケットからカードを出した。それは、黄色いカードだった。イエローカード?
「え……」
急に背中の汗が冷たくなったような気がした。周りの声が遠くなっていくような気がした。
たしか僕は、前半にもイエローカードを一枚貰っていた。あれはカウンターを止めるためだった。
そして、今、出されたこのイエローカードは、二枚目。ということは、
「十番、退場だ!」
誰かの声が聞こえた。
イエローカード二枚で、レッドカードと同じ退場扱い。こんなことは幼稚園の頃から知っていることだ。
なんで?
心臓の鼓動が速くなっていく。何が、何が起きてこうなった。どうして。頭の中の考えが全然まとまらない。
誰かが僕に何かを言っているような気がするが何も入ってこない。
「十番、退場だ!」
冷たい主審の声だけが耳に届き、僕は後ろから驚かされたときのように、肩が震えた。
冷たくなった汗とユニフォームが背中にくっつく。僕はその気持ち悪さで少しだけ景色が見えるようになった。
振り向くと智也と目があった。智也はどこか怯えたような目をしていた。
なんでオマエがそんな目をするんだ。
「ご……」
智也に何か伝えなければと思ったが、声が震えて出なかった。
もうこのグラウンドで僕が出来ることは何もない。僕は唇を噛んでグラウンドの外へと歩き出した。
「まだ時間あるぞ! 切り替えろ!」
背後から潤の声が聞こえた。その声で一瞬立ち止まったけれど、その声は僕に向けられたものではない。そう気づいた僕は、振り向くことはできなかった。
グラウンドを出て、ベンチの横を通るとき、「岩瀬」と監督が呼んだ。僕は立ち止まり、顔だけを監督へと向けた。
「まだ二分はある。味方を信じてろ」
監督はそう言ったが、僕は何も言わなかった。監督もそれ以上、何も言わなかった。
抑えよう、抑えようとしても後から後から胸の奥から何かが湧き出てくる。僕は唇を噛みしめて控え室へと歩いた。
控え室の扉を大きな音が出るように叩き付けるように閉めた。椅子に座り込み、天井を見上げる。どうして僕はこんなところにいるんだ。まだ走れるのに。まだ動けるのに。
なんで退場にならなきゃいけないんだ。
誰もいない控え室に僕の投げたペットボトルが転がる音だけが響いた。
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