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「長井のお父さんが九月から福岡に転勤されることになったんだ。この大会いっぱいはチームに帯同することになっていたんだが、残念ながら今日で最後になってしまった。オマエらに事前に言うかはとても悩んだんだが」
監督の言葉は聞こえていた。はっきりと聞こえていた。耳には伝わった。その意味がわからないほど僕の国語の成績はわからない。しかし、頭が理解しようとしない。理解したくなかった。
「なんで僕らに黙ってたんですか?」
僕が口を開くと、みんなの視線が僕に向いた。みんなも「そうだそうだ」と言い出す。監督は何も言わない。僕は思わず立ち上がった。
「なんで黙ってたんですか!」
今度は強めに言うと、監督は息を一つ吐き出した。
「それはだな……」
監督がもったいぶって重い口をやっと開こうとした時だった。
「それは!」
智也が大きな声で監督の声を遮った。今度はみんなの視線が智也に向いた。
「僕が監督にお願いしたんだ。みんなには黙っていてほしいって。みんなに迷惑をかけたくなかったし……気を使われるとか嫌だったし……だから……」
言葉の最後のほうが弱弱しく小さな声になっていった。いつもの智也の声だった。泣きそうな表情だった。
智也だって辛いのだと僕は感じた。僕が怒ってみたところで、智也は尚更俯いてしまうだけだ。
こんな智也を助けるのが、幼い頃からの僕の役目だということを思い出した。
僕はできるだけ落ち着こうとと大きく息を吐いた。何を話せばいいんだろう、考えてはみたが考えがまとまらない。
「悪かったよ、智也」
僕は、できるだけゆっくり声に出した。僕の声に、みんなが「え?」という顔になるのがわかった。
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