サービス向上委員会

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サービス向上委員会 私はとあるスーパーのCSマネージャーだ。お客さまのさらなる満足のために日夜心を砕いている。上司からの評価も決して悪くない。やりがいもとても感じている。成果だって確かに上がっている。 なのに私の心は一向に晴れ晴れとしない。なんでだろう。原因ははっきりしている。 最近近くにオープンしたジーオーマートだ。比較的最近この業界に参入してきた企業で、私からすればライバル店だ。利用するにはアプリをダウンロードして会員登録を行わなければいけないそうだ。アプリに決済機能が付いていて、電子マネーをチャージしないと買い物できないシステムになっている。しかも自身の情報だけでなく、家族の分まで詳細に入力する必要があるらしい。ただ、メリットもしっかりとあり、家族内でのポイントの共有、購入履歴から好みそうな新商品の案内、日用品の買い忘れを通知で警告してくれるなどまさに一人一人に合わせたサービスを行ってくれる。 参入当初は詳細な個人情報を入力することに抵抗感を覚えるお客さまも多かったらしいが、そのサービスが注目され、今ではその登録者数を急速に伸ばしている。将来のことを考えればこれだけでも十分に憂慮するべき脅威に違いないが、私がこのスーパーに執心する最大の理由は別のところにある。なんでも同じお客さまが二回クレームを入れることはないのだそうだ。 いったいどんな応対をしているんだろう?そんなことが本当にあり得るのだろうか。 いくら考えたところで埒が明かないので、私は実際にクレームを入れてみることにした。特に不満があったわけではないので少し心が痛むが、お客さまのさらなる満足のためだ。心を鬼にして電話をかけた。 「お電話ありがとうございます。ジーオーマートでございます」 「ちょっと!この前ここで買った商品が不良品だったんだけど!どうしてくれるの?」 「大変申し訳ございません。ただいま担当の者に取り次ぎますので少々お待ちくださいませ」 程なくして男の声に代わった。 「お電話ありがとうございます。ジーオーマートサービス向上委員会です。この度は私どもにてお買い物いただき誠にありがとうございました。ご購入いただいたものに不良品があったことを深く謝罪いたします。本来は決して起こってはならないこと。お客様のご期待に応えることができず、誠に申し訳なく存じます」 「謝って欲しくて電話してるんじゃないんだけど。じゃあどうしてくれるの?」 「申し訳ございません。できる限り早急にご返金、さらに同一の商品をご自宅までご配送させていただきます」 お金を返す上に、商品の交換もしてくれるのか。私からすれば多少オーバーな対応な気もするが、大抵のお客さまは確かに受け入れるだろう。 「加えてお詫びといたしまして、私ども全店に対応している、特別な会員証を進呈いたします。特別なコードが記載されておりまして、私どものアプリと連携いただきますと、会員ランクがアップグレードされます」 「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」 さらに特別待遇まで?一体どういう戦略なんだろう。 「私どものアプリと同様、その会員証は一枚でご家族様みなさまに有効です。同一IDで登録されている全ての方が対象となります」 「わかりました」 「ありがとうございます。それでは只今よりこちらで確認作業を行います。少々詳細に伺いいたしますがよろしいでしょうか」 「わかりました。お願いします」 「それではまずお客様の個人情報についてお尋ねします。お名前、生年月日、ご住所、およびご登録の会員IDをお願いいたします」 求められた情報を提示する。 「ありがとうございます。続きまして購入時の状況お伺いいたします。お日にちと大体のお時間を覚えていらっしゃいますか?」 「日付は確か先週の木曜日。大体夕方の5時ぐらいだったはずよ」 「不良品を含め、どのようなものをご購入いただきましたでしょうか」 「食パン、牛乳、ヨーグルト。あとは牛肉と、バナナと、リンゴと、ティッシュも買ったかしら」 「ありがとうございます。ただいまの情報で無事確認が取れました。して、どちらの商品が不良品でしたでしょうか」 「バナナが腐っていたの。気持ち悪いからもう捨ててしまったのだけれど大丈夫よね?」 「勿論です。レシートのご提示も必要ございません。よろしければ今すぐにでもご自宅まで伺いたく存じますが、ご都合のほどはいかがでしょうか」 「そうね、今日はもう外出の予定もないし、いつでも大丈夫よ」 「承知いたしました。それではあと20分ほどで到着できるかと存じます。この度は誠に申し訳ございませんでした」 こうして実際に一連のやりとりを経験してみたが、私の疑問は解決しなかった。確かにサービスの質は予想以上に高かった。しかし、お客さまを虜にする秘密はどこにあったのだろう? 電話を切ってから15分ほどして、ジーオーマートの配送車がやって来た。 呼ばれて玄関を開けると、黒いスーツに身を包んだ男性が目の前に現れた。 男性は改めて謝罪すると、手際よく返金、交換品の説明を済ませ、恭しく一枚のカードを手渡してきた。真っ黒なカードに白地で何やら文字が書かれている。 「これが電話で言っていた特別な会員証なの?」 私が尋ねると、男性は頷いた。 「左様でございます。ただいまご説明いたします。アプリをご利用いただいている端末はお持ちでしょうか」 そう言って男性はその場でアプリとの連携も手伝ってくれた。一緒に画面を見ながら順を追って説明してくれる。正直なところ、私はそれほど機械に強くないのでとてもありがたかった。 「...こちらで完了です。ありがとうございました。最後に、何かご質問等はございませんか」 男性がそう告げたので、私はずっと温めていた疑問を彼にぶつけることにした。 「そちらには、同じ方からクレームを二回受けることは無いという噂がありますがそれは本当ですか?」 「あくまで噂ですので。しかし、同じお叱りの言葉を二度頂戴することのないようにという思いでお客様と接しております」 高い志とそれを現実にできる優秀なスタッフたち。こんなにシンプルなことだったのか。 「もう一つだけ。会員ランクが上がるとどうなるのかしら」 男性はニヤリとして言った。 「それは次回お越しになってのお楽しみです。心待ちにしておいてくださいね」 謝罪に来たはずなのに最後にはお客さまを期待させる返答までやってのけてしまう。私に同じことができるだろうか。気がつくと私は、すっかりファンになっていた。 次の休日、私は再びジーオーマートへやって来た。ランクアップした会員証の効果を確かめに来たのだ。しかし、なぜかゲートが私に反応しない。何度入ろうとしても同じことだった。不思議に思い私は端末を取り出した。アプリに不具合でも起こっているのだろうか。 アプリを起動しようとした時、少し変な感じがした。アイコンが変わっているような気がする。 アプリを起動すると画面が暗転し、赤い文字が浮かんできた。 Access Rejected 呆然と画面を眺めていると文字がフェードアウトし、代わりに別の文字が浮かび上がってきた。 Big Brother Is Watching You
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