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探偵の役目
呪術師の死。
脳内で、その事実だけがぐるぐると渦巻いている。
視界がぐわんと歪んで、気づけば私は床に頽れていた。
見れば、私の後ろではアイラが茫然と立ち尽くし、辺境伯は表情一つ動かすことなくただその状況を見つめている。
「呪いは、もう……」
呪術師が死んだということは、彼のかけた呪いが解けることは無くなったということ。
——王女にかけられた呪いは、〈反逆の呪い〉。
その効果は、自身が最も敬愛する人物への敬愛が憎悪に反転するというもの。
王女はさほど尊敬する人物がいなかったのか――王女は確かに完璧で、自身が完璧すぎるがゆえに誰かを尊敬する必要はないのかもしれない――今のところ呪いによる影響はあまり感じられないようだったが、これからもそうであり続けられるとは限らない。
この先。王女にはまだまだやるべきことがある。その過程で、かの徐は多くの人物に出会うことになるだろう。その中の誰かに、王女が無意識に深く尊敬を抱いてしまうような相手が現れたとき、その尊敬は憎しみへと反転し、その憎しみに従って相手を害してしまうだろう。
私がその相手ではなかったのを喜ぶべきかどうか、それは未だに結論を出せてはいないが、少なくとも王女にかけられた呪いは、彼女の人生において大きな枷となることは間違いない……。
何も言えず虚空を見つめていると、後ろから不意に声がかかる。
「さて、イマジカくん。呪術師は殺された。これは、変えることのできない事実だ」
……。
「君はどうする?」
「私が……?」
「質問を変えよう。——君は何者で、何をすべきなのだと思う?」
「私は——」
そうだ。私は、探偵。王女の探偵だ。そして王女は私を送り出す際、確かにこう言った。
『王女の探偵として、為すべきことを為しなさい』
……だったら、やるべきことは決まっている。
どんな理由があったとしても、殺人は犯してはならない罪だ。呪術師を殺すことは、更に固く禁じられている。私にはこの事件の犯人を、王女の探偵として突き止める責任がある。
私は、この地の領主に真っすぐ見上げた。
「……グーダルク様。私に、この事件の調査をさせてください」
すると彼はいつもの不敵な笑みを浮かべ、「もちろんだ」と力強く頷き、手を差し出した。
「というか、そのために君を真っ先に探したのだからね。——私からもお願いする。この事件の犯人を、どうか見つけ出して欲しい」
彼の手を取り、立ち上がる。初めて触れる彼の手は、想像よりも大きかった。
王女の命。そして辺境伯からの依頼。私はそれらの後ろ盾を得て、呪術師殺害の犯人を突き止めるための調査を開始した。
とはいえ、だ。この事件において、現時点で分かっていることは少ない。
私が現時点で、真の意味で信頼できるのは唯一、昨日呪術師と別れてから今に至るまでずっと共に過ごしたアイラだけだ。
たとえ私に調査を依頼した辺境伯であっても、まだ完全に信頼しきることはできない。
そしてそれは、辺境伯自身も理解していることだろう。
「アイラさん、この宿には、二階の七部屋と、一階の食堂、調理室、応接間、物置き、中庭、それに、地下の牢。それ以外に、身を隠せそうな場所はありますか?」
「……いいえ、それ以外には、無いと思います」
「わかりました。……ではこれから、三人で宿を隅々まで見て回り、誰かが潜んでいないか確認します。同時に、この宿に泊まった皆さんをここに集めます」
「おや、私も一緒でいいのかな?」
辺境伯の試すような口ぶり。まったく意地悪な人だ。でも、それは考慮済みの問題。
私もささやかな意趣返しに、努めて事も無げな態度で返してやる。
「そうですね。残念ながらグーダルク様を容疑者から除外することはまだできませんが――、少なくとも私たちに危害を加えるつもりなら、地下牢でそうしていたはずですから」
***
「な……!?」
「うわっ――!?」
「……っ!」
心臓を一突きにされた呪術師の姿を目の当たりにし、セニスは臍を噛み、タグが尻もちをついて、イレーナは瞠目した。
セニスとタグは部屋の中でまだ眠っていたようで、ほとんど起き抜けの状態でここまできた。イレーナは既に起きていたようで、フード付きの外套を身に着けている。
「先ほどお話しした通りです。呪術師グラムル氏は、何者かによって殺されました」
「い、一体誰が、どうして――」
「どちらも、現時点では不明。それを今から、調べるのです」
「誰が調べるっていうのよ!?」
セニスさんが私に詰め寄り肩を掴み、
「私が、です。辺境伯の了承も得ています」
それをゆっくり放す。
「……そう。アンタは――、そうだったわね」
辺境伯は私のことをもとから知っているようだったが、彼女もまた、私のことを知っていたのだろうか。
少なくとも、私はこれまで彼女に会ったことは無い。
とはいえ、辺境伯にだって昨日初めて会ったのに私のことを知られていたのだから、私が思っている以上に、私の名前と顔は売れてしまっているのかもしれない。探偵としてそれはあまり歓迎すべきことではないけれど、まあ、そればっかりは仕方がない。あれだけ目立つ王女に仕える身であれば、その脚光の一部が掠めてしまうことは避けられない。
「ひとまず、この宿には現状、ここにいる私たち以外に誰も潜んではいないようです」
――私たちはあのあと宿の中をくまなく見て回り、その結果、今現在この宿にいるのはここにいる六名だけであることが分かった。
要するに、不審な侵入者を発見という最も単純な結末には、至ることが出来なかったというわけだ。
一つだけ特筆すべきことがあるとするなら、地下牢を見て回った時に、辺境伯が、地下牢の壁――丁度私の背中で隠れていた部分――に、明文化されたアイラさんの呪いを発見したことだろう。
++ ++ ++ ++ ++
【呪い】
〈従順の呪い〉
術者の命に逆らうことができなくなる。
++ ++ ++ ++ ++
それは昨夜、アイラさんと話し始めてすぐに、私が勝手に行ったことだった。『一体なぜ……?』と問うアイラさんに、私は仕方なく白状した。
『私はいずれ、この宿であったことを全て王女に報告しなければなりません。アイラさんが、呪術師と共謀して私を捕らえたことも、です。……もちろん、それは呪術師から命じられ、呪いによってそれに逆らうことができなかっただけ。でも、それを証明するには、私が、あなたの呪いを、出力しておく必要があったんです……。恩着せがましい真似をして、すみません』
怒りを買われても仕方のないことだったはずだが、アイラはそれを聞いて、静かに頭を下げて礼を述べてくれた。
そんな私たちの調査結果に、しかしセニスは冷めた目で言い捨てる。
「そんなの、殺しの後に宿から出ていかれてたら全く意味ないでしょ」
それはその通りだ。だが、仮に外部犯だったとして、何か予期せぬ出来事からこの宿の中に足止めを食らっているという可能性だってゼロではないのだ。
「まあ、念のためですよ。――これから、この殺害現場の検証にあたります」
「よくわかんないけど、オレたちはどうしたらいいんだ?」
タグが首を傾げる。部屋にあったものをそのまま着たのだろう。明らかにサイズの合っていない寝巻きが彼の全身を隠し、袖からは手すらも出ていない。
「皆さんにも、ここにいてもらいます。いきなり逃げ出されるわけにもいきませんからね。ですから、必要なものがあれば、手早く部屋から持ってきてください」
「随分偉そうね」
セニスが方眉を上げる。
「申し訳ありません。ですが、現時点では皆さんがを容疑者から除外できない以上、今は王女と辺境伯の名のもとに指示に従って頂ければと思います」
私が頭を下げると、
「フン。まあ、気が済むまでやればいいけど。とりあえず、外套くらいは持ってこさせてもらうわよ」
セニスはそう言って部屋へ外套を取りに戻り、タグが「じゃあ俺も」とそれに続く。
イレーナはただ、不安げな表情を浮かべていた。
……無理もないだろう。殺人現場に出くわすことなんて、そう頻繁にあるようなことじゃない。
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