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現場検証 賢者の筆記具
「それで、何を調べるっていうのよ」
セニスは戻ってくるなり、私にそう問いかけた。
相変わらず謎の当たりの強さだが、私はめげずにセニスが戻ってくるまでの間に部屋を見て回って気づいたことを伝える。
「まずは、部屋の特徴から。この部屋には――というかこの宿には窓がなく、少なくともこの部屋に入るには、そこの扉から入ってくるしかありません。私たちが今、この部屋に入ってきたときのように」
「まあ、そうね」
「次に、部屋の隅にはこの街の伝統的外套である『英雄の外套』が脱ぎ捨てられていました。表側には多量の返り血が付着しています」
「ふぅん。サイズとかから何かわかるんじゃないの?」
「いいえ、この外套は基本的に、一律同じサイズで作られているのです。少なくとも、外套の大きさから容疑者を絞りこむことはできません」
「なるほどね。あとは?」
「はい。最後にもう一つ。そしてそれは、現時点で最も重要な手掛かりだと言えます」
私の言葉に、お手並み拝見といった具合に沈黙を貫いていた辺境伯が「ほう」と唸る。
「それは、その手に持っている『賢者の羽ペン』と『賢者の手記』のことかな?」
さすがに、彼は知っているようだ。だが、彼以外の面々はいずれも、食堂で一度見せられたとはいえ特に説明もなされなかったため、そもそもそれがなんなのかさえわかっていない様子だ。
「これは『賢者の羽ペン』そしてこちらが『賢者の手帳』と言い、これらは、その場でなされた会話を全て自動で文字に起こすという魔法具です。これらを合わせて〈賢者の筆記具〉と呼びます」
「ふうん。でも、それで何がわかるのよ」
アイラさんから指摘がなされる。
「まず、賢者の羽ペンと賢者の手帳はセットで、賢者の手帳には、セットとなっている魔法の羽ペンでしか文字は書けません。そして、魔法の羽ペンは、その場で行われた会話の内容を自動で記録するとき以外は、何も書くことができないペンなのです。更には、そのペンの持ち主の発言には、それとわかるような印がなされます」
「要領を得ないわね。それがどうしたっていうのよ?」
「食堂の入り口付近に、賢者の手帳と賢者の羽ペンが置かれていました。それはあの時、グラムル氏があの場で、私たちがこの宿に泊まるということの言質を取るために他なりません。そして今日、私たちがどうしてこの宿に来たのか、その目的と願いを、彼はこの場で聞くつもりだったのでしょう。この部屋にもまた、この賢者の手帳と魔法の羽ペンのセットが配置されていたのです。そしてこの手記には、呪術師と犯人との会話が記録されていました」
私の言葉に、セニスさんが目を見開く。
辺境伯をさえも、「ほう」とうなっていた。
「記録されていた内容は、こうです」
◇ ◇ ◇
§「おや、こんな夜中にどなたかな? どうぞ」
§「おっと、あなたですか。昨晩のディナーは楽しんでいただけましたか?」
§「皆さんのお話は翌日まとめてと言ったはずなんですがねえ。全く、せっかちな人だ」
§「貴様——、右手に何を持っている!?」
§「馬鹿な……。私を——、呪術師を殺しても、呪いは解けないのだぞ!?」
§「やめてくれっ――!」
「さようなら」
◇ ◇ ◇
「この、最初に記号のある方が呪術師の言葉ということだね」
辺境伯に「§」を指差して問われ、首肯しつつ応じる。
「そういうことになりますね。先ほど宿を見て回った時に確認した食堂で使われた手帳にも、グラムル氏が発言した内容に同じ記号がありましたので」
「それで、これで何がわかるっていうのよ? 普通に話してたらいきなり襲われて、殺された。それだけでしょ?」
セニスさんはそう言うが、この会話には多くの情報が眠っている。
「まず、グラムル氏は『昨晩のディナーは楽しんでいただけましたか』と言っていますね。つまりそれは、この会話の相手が、晩餐会に参加していた人物であることを意味しています」
「……まあ、そういわれればそうね。……でも、もしかするとあんたは知らないかもしれないから言っておくけど――、この世界には人相を変える特異体質だって存在するのよ?」
その指摘はもっともだ。私はこの宿に来る前に、その特異体質を持つ人物の犯行を暴いてすらいる。
グラムル氏を殺した外部犯がその特異体質を持っていて、晩餐会に参加していた誰かに成りすましていた可能性も、この会話だけでは否定できない。
しかし――
「いえ、それはありません。何故なら――」
視界の隅で、壁に背を預けて私の言葉の行き先を黙って聞いている辺境伯の口の端が、小さく吊り上がる。
「この犯行に用いられた凶器が、晩餐会で用いられたナイフだからです」
一呼吸置いて、私は続ける。
「グラムル氏は、宿の外部から持ち込まれた物ならば何がどこにあるかを全て把握できる。逆に、この宿にもともとあった物の把握はできなかった。だから犯人は、あのナイフを凶器に選んだ――」
「そうね。外から持ってきた獲物を持ってたんじゃあ、部屋に入れてもらうこともできなかったでしょうし……あっ——」
セニスも、気づいたようだ。
「――そうです。しかしそもそも、グラムル氏が元々宿の中にあった物までは見抜くことができないということは、あの時、タグくんが偶然ポケットにナイフを忍ばせる形になっていたことから偶然発覚した事実です。つまりそれは、あの時あの場所にいた私たちしか知りません。外部犯が呪術師の部屋に行く前にわざわざ食堂に寄ってこの宿のナイフを凶器に選ぶということも、まず考えられない。――犯人は、この宿の中にもともとあったあのナイフならば、凶器として懐に忍ばせていてもグラムル氏に気づかれることはないと知っていた人物。つまり、この中の誰か以外にあり得ないのです」
私の説明に、「ふむ」と辺境伯が顎に手をやって更に指摘を入れる。
「薄い線ではあるが、その秘密を何らかの経路で事前に知っていた外部犯、という可能性も、無いとは言い切れないのではないかな?」
彼の指摘はいつも、私の答えを最初から予想しているような気がしてぞわぞわする。だが、答えない訳にもいかない。
「それもあり得ません。外部から持ち込まれた物であればその位置と種類を全て把握できるグラムル氏が、外部からの侵入者をこの宿の誰かと間違えるはずがない。この宿に侵入した時点で、グラムル氏にはその人物が部外者だと分かっているはずですから」
「うむ。確かに、外部犯の犯行であるとするのは難しそうだね。穴の無い説明に感謝する」
辺境伯は、満足そうに頷いた。
「そうなると、やはり……」
アイラの呟きに、その場の空気が一気に張り詰める。
当然だ。私は、この中に殺人犯がいると告げたのだから。
「なるほど、ね……」
「この中に、犯人がいるのか……」
セニスが腕を組み、タグが周囲を見渡す。
そして私は、更にこの会話の内容に補足を加えた。
「この会話には、他にも重要な情報が眠っています」
「なによ?」
「重要な犯人が右手で凶器を握っていたこともわかります。……そして最も重要なのが、犯人が『さようなら』と言葉を発している、ということです」
「ん? そんなの、当たり前じゃないのか? オレだって喋れるぞ?」
「そうよ、何がおかしいっていうの?」
タグが首を傾げ、セニスが怪訝そうな眼差しを向けてくる。
イレーナに目くばせすると、彼女は小さく頷いてくれた。
私は部屋から持って来ていた鞄から、昨日イレーナの特異体質を明文化した紙を取り出して言った。
「昨晩食堂でイレーナさん自身が言ったように、彼女は言葉を発することができません。私はそれを昨日、このように明文化しています。つまり――」
「ふむ、なるほど」と辺境伯が小さく頷き、私もそれに頷き返して続けた。
「犯人が言葉を発している以上、イレーナさんが犯人であることはありえません」
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