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事情聴取 英雄の秘密
詳しく聞けば、廊下には明かりはなくほとんど真っ暗闇で、部屋の中から漏れ出た光でぼんやりと人影が見えただけ。かつ、フードをかぶっていて顔も見えず、誰だったのかはわからないとのことだった。
「身長は……俺よりは大きかったと思うけど、グーダルクのおっさんより大きいってことは、絶対に無かったな」
得られた情報は一見少ないが、これは極めて重要な証言だ。それに少なくとも、呪術師が殺されたのは深夜だったことが分かった。
彼の部屋は階下のエントランスへと続く階段の前に面していて、その時階下は、ぼんやりと月明かりに照らされていたとのことだった。
仮にタグが犯人だった場合、ここまでの証言が全て嘘である可能性も当然存在する。
それについては後で、あの人を頼って裏を取ってみることにしよう。
タグが犯人だった場合、犯行に及ぶためにはどうしても、ある人物の協力が必要不可欠だったはずだから――。
そしてそれとは別に、タグが部屋から出て行く前に、最後に一つだけ聴いておきたいことがある。
「タグくんはどうして、この宿に?」
「もちろん、腕輪の呪いを解いて貰いに来たんダ。あのクソ商人が王都に行ってる間になんとか屋敷を抜け出してきたけど、結局あの腕輪があったんじゃあ、すぐに連れ戻されちゃうからな。……だから、どうして呪いが解けたのかは分からないし、本当はこんなこと言っちゃいけないんだろうけど、俺はこうなってくれて、結構嬉しいんだ」
そう言って部屋を後にした彼の表情は、どこか晴れ晴れとして見えた。
***
「やあ、待たせたね」
「そんなに待ってはいませんが」
次のノックとともにあらわれたのは、グーダルク辺境伯だった。
「ふむ。つれないなあ」
彼はゆったりと歩いてきて、正面の椅子に腰掛ける。
「しかしまったく、この宿はどこに行っても真っ暗だから困ってしまうね」
「いや、あなたの要望が反映された設計ですよね?」
「おっと、覚えていたか」
軽口を叩く彼は、何故だかどこか楽しそう。相変わらず読めない人だ。
ひとまず私は、定型的な質問を行うことにする。……とはいえ、ここまでずっと協力的だった辺境伯に、この問いは野暮というものかもしれないが。
「ええと、それでは早速ですが……。理外の力の明文化に、応じていただけますか?」
――だが彼の返答は、私の予想に反したものだった。
「ふむ。ではその配慮に甘んじて、拒否させてもらおう」
「えっ!? ……拒否、ですか?」
「ああ」
彼はにこりと首肯する。
……ここに来ていきなりの宗旨替え。
しかし、確かに予想に反した返答だったとはいえ、彼の身に宿っているであろうとある体質のことを考えれば、それは至極当然のこととも言えた。
彼にとってそれはきっと、少なくとも一方的な能力の明文化という形で明らかにされることは憚られるもの、ということなのだろう。
しかし彼はどこか楽しそうに、
「拒否した場合は、君が私の身に宿る理外の力について、推論を披露してくれるのだろう?」
などと楽しそうに言ってのける。
私が放つ緊張を弛緩させるための軽口かもしれないが、本当に、ただ単に私の推論を聞きたいだけという可能性もあり得るから、この人の心はやはり読めない……。
どちらにせよ、私は彼の身に宿る理外の力を、まずは己の見聞きした事柄のみで判断しなければならないということだ。
――とはいえ、それは既に、私の中である程度整理のついている内容でもあった。
「……ちなみに、あなたの秘密を知ってしまったからという理由で、後から私を始末する、なんてことはあったりしませんよね?」
「まさか。君のような美しい女性を亡き者にするくらいなら、天日干しになって死んだほうがましだからね」
半分茶化されているが、いちおう言質はとった。いや、反故にされる可能性ももちろんあるんだけど、彼はそんなことはきっとしないと、なぜだかそう思える。
「では、憚りながら。……グーダルク様の身体には、ある『特異体質』が宿っています」
「ふむ。それは何かな? そして、どうしてそう思う?」
「あなたがその特異体質であれば、あなたに纏わるいくつかの謎に、全て説明がつくからです」
「続けて」
「はい。……まず、あなたは既に二百年以上の間、その美丈夫然とした若々しい容貌を保ち、辺境伯として君臨し続けている。それはなぜか」
「いや、いきなり褒められると照れてしまうな」
そういう訳ではないんだけど……。咳払いをしつつ続ける。
「また、この宿の設計をどうしてこのような――つまり、窓の無い造りとしたのか」
「あの時は、そういう気分だったのかな?」
ここまでは多分、彼自身も指摘されることを予想していただろう。
だが次の指摘は、もしかすると予想していないかもしれない。
「最後に――」
「おや、まだあるのか」
やはり。
「最後に、あなたはどうしてディナーの場で、 デ ザ ー ト に だ け は ナ イ フ と フ ォ ー ク を 用 い た のか」
ここで初めて、彼の目が少し見開かれる。
「――すごいな。そんなところまで見ていたのか」
「探偵の基本は、視界に入ったものをだた見ることではなく、くまなく観察することですから」
「ふむ、覚えておこう。では、それらから導き出される私の特異体質とは、一体何かな?」
「はい。それらの謎は、グーダルク様がある特異体質であるとするならば、全て解消されます。御身に宿る特異体質、それは――」
一呼吸おいて、言った。
「〈吸血鬼〉、ですね」
私の、母と同じ。私はそれを、心の中でだけ付け加える。
しばらくの沈黙。そして私の目を見て、辺境伯は満足そうに大きく頷いた。
「——見事だ。君の言ったとおり、私には〈吸血鬼〉の特異体質が宿っているよ」
……よかった。
ほとんど確信してはいたが、間違いではないと分かると多少ほっとする。
「いくつかの弱点はあるものの、吸血鬼は不死身です。そして、肉体の最盛期を境に年老いることも無くなる。だから貴方は、そんなにも長い間、その姿のままで辺境伯として君臨し続けてこられた」
「私自身は、何度もこの立場を降りようとしたのだがね?」
国の英雄である彼を、王族たちがみすみすその立場から下ろすわけが無い。
彼ほどの人材が北からいなくなるのは、それがそのままこの国の防衛上の問題に直結するだろうから。
「『夜戦の鬼』と称される程夜の戦いに強かったのも、もともとあなたのものだったこの屋敷が 光 が 取 り 込 ま れ な い 構 造 になっているのも、全ては貴方が太陽の光に弱い吸血鬼だったから」
「おっと、その異名にまで触れるのか。確かにそれも関係しているが、一説には私と夜を共にした女性が、そのあまりの『良さ』にその異名で私を呼んだのが始まりという説もあるぞ」
「あ、はい……」
それは正直、どっちでもいい。
それに、その女好きだって、本を正せば吸血鬼の特質に由来する。
「吸血鬼は美しい異性の血を好みますから、あなたは女好きを装って、夜な夜な美女を連れ込んでいたのでしょう。貴方と褥を共にした女性が漏れなくどこかから血を流していたというのも、貴方が吸血鬼であったなら納得できる」
「ううむ、それも見破られていたか。――確かに、吸血鬼は異性の血を好み、異性と同性を匂いでかぎ分けることだってできる」
まあこの人の場合、本当にただ女性が好きなだけというのもあるのだろうけど。
「そして最後に、あなたはデザートの際にだけ、ナイフとフォークを用いて食事をした。……あの日、デザートのときだけは、アイラさんの粋な気遣いによって木製のカトラリーが提供されました。しかしそれまでは、銀のフォークとナイフだった。吸血鬼は銀を触ることができませんから、あなたは仕方なく、素手で食事をしていたんです」
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