事情聴取 彼女の秘密

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事情聴取 彼女の秘密

 私の指摘に、辺境伯は「すばらしい。全て正解だ」と手を叩いた。  ただただ楽しまれているようで釈然(しゃくぜん)としないものの、あの国の英雄が〈亜人〉に属する特異体質持ちだったということがもし明るみになれば、決して大きくない衝撃をこの国に与えることになるだろうことを思えば、彼の気楽さが逆に清々しいくらいだ。  この国において、亜人は忌避される存在だ。  世界の各地に伝承として残っている、世界全てを巻き込んだとされる「千年戦争(ミレニアム)」。  それは、天界で勃発した女神アリューレと邪神ダルディアとの争いがこの地上にまで波及した末の戦いだったとされ、その際、人族は女神側につき、亜人族は邪神側についたとされている。  最終的にその戦争は女神側の勝利に終わり、邪神と亜人は、この世界から追放された。  しかしその際、邪神は人族に、最後の力を用いて呪いをかけた。  それは、人族がその生を受ける際、ごく稀に、〈亜人〉として生を受けるという呪いだった。  その伝承が本当かどうかは定かではないが、現代においても特異体質には「亜人」として分類されるものが数多く存在しており、彼らは、特に女神アリューレの熱心な信奉者たちから、畏怖され、忌避され、場合によっては不当とも言える糾弾の対象となることだってある。  一般的な亜人でさえそうなのだ、それがこの国の英雄ともなれば、なおさらのことだろう。女神アリューレの熱心な信奉者たちはもしかしたら、彼の打ち首まで要求し始めるかもしれない。  この国の英雄が亜人であるという事実は、決して軽々しく吹聴(ふいちょう)していいことではないのだ。 「グーダルク様、このことは……」 「ああ。もし君がそうしてくれるというなら——、このことは二人だけの秘密にさせて欲しい」 「わかりました。私にはなにも、皆さんを納得させる義務があるわけじゃない。ただ真実が分かれば、それでいいのです。このことは、二人だけの秘密に」  そして私は、彼の理外の力を明文化した。彼の身に宿る特異体質は間違いなく、吸血鬼だった。  彼は明文化が済むなりゆったりと立ち上がり、ドアの前まで歩いて、こう言った。 「ああ、もちろん、君に知られてしまった時点で王女に伝わってしまうことまでは覚悟しているから、それは気にしなくていい」 「……っ。……そう、ですか」  彼には、全てお見通しらしい。  確かに私は、ここで知りえた全てのことを王女にだけは共有するだろう。  それは、誰と交わした約束よりも――、場合によっては自身の尊厳よりも、優先して遵守されるべきことだから。  そうして彼がドアノブに手をかけたところで、私は最後の質問を投げかけた。 「貴方は、レディーファーストといってアイラさんを先にこの部屋へと向かわせた。でも、あの人のことは優先しなかった。……つまりそれは、そういうことですね?」 「——ああ、そうか、そうだったね。まあ、恐らく、君の考えている通りだよ」  やっぱり、そうだったのだ。 「わかりました。ありがとうございます」  辺境伯は軽くウィンクをかまして去っていった。  彼は偶然を(よそお)っていたが、まあ、わざわざ異性と同性の匂いをかぎ分けられるということを説明してみせた時点で、これは彼からのささやかなヒントだったのだろう。  ――私が先入観から見落とし、誤認していた一つの真実。  ディナーでの一幕(ひとまく)。異性と同姓との匂いをかぎ分けられる彼が、私のことを男だと間違えた結果として宿を共にできる女性を「二人」と言ったはずがない。  あの場には本当に、宿に泊まる客としての女性は二人しかいなかったのだ。私が女であることは私自身が知っているから、残るはイレーナとセニス。そして彼は今、あの人を優先しなかった……。  思えば私も最初から、あの人の美しさは中性的な美しさだと感じていた。つまり――  そこまで意識を巡らせたところで、ノックなくドアが開いて、「どうも」とその人物が入ってくる。 「どうも。……セニスさんが最後なんですね」  私はあえて、「最後」にアクセントをつけて言った。 「ああ、なるほど。もう気付いてるってことか」 「ええ。セニスさん、あなたは――」  セニスさんは、女性ではなく、男性だ。  そして同時に―― 「あなたは、〈狼男〉ですね」  私の指摘に 彼 は「へぇ」と目を見開いて、不敵な笑みを浮かべてみせた。 「男だってことだけじゃなく、そこまで分かってるとはな」  そういうと彼は、額を隠していた赤い頭巾を取って見せる。  果たしてそこには、あの時私がつけた、横一閃の裂傷(れっしょう)があった。  ――昨晩、セニスが食堂から出て行く際、その頭巾の額部分には染みができていた。  そしてその時彼は、『今夜自分の部屋を訪れた者の命はない』というようなことを言っていた。  昨夜は満月で、彼は特異体質〈狼男〉の効果にによって半人半狼の姿になっていた。誰にもその姿を見られるわけにはいかなかったから、そう言って念を押したのだ。  さらに、呪術師は地下牢で『この宿を訪れたのがどちらかだけだった場合、どちらもこの宿に泊めることはできなかった』と言っていた。  つまりそれは、この宿に泊まっている誰かが狼男であることを意味していたのだ。  しかし、狼男は男性にのみ発現する特異体質。対して、私はこの宿に泊まっている男性はタグとグーダルク辺境伯のみだと思っていたから、その時点では狼男の正体を見出すことはできなかった。  私は辺境伯が吸血鬼だと概ね気付いていたし、タグには束縛の腕輪がなされていて、狼男の腕にはその腕輪はなかったからだ。  しかし今、この宿に泊まっていた男性は、もう一人いたことが分かった。  辺境伯とタグのどちらも狼男ではない以上、消去法的に、残ったそのもう一人――、つまりセニスが、狼男だということになる。 「それでどうする? ここで俺を捕らえるか?」 「そうですね。そうさせて頂きます――ッ!」  私はそう言い終わらないうちに、彼の元へと疾駆(しっく)した。  もちろん血縁の加護も使用済み。通常ではありえない速度での、完全なる不意打ち。  このまま彼の脚を払いつつ腕を取って背中に回り、そのまま床にうつ伏せになるように叩きつけて身動きを封じる――!  そう思い描いていた私の動きはしかし、 「おっと」 「なっ――!?」  紙一重で最初の脚払いをかわされたことで乱れが生じる。 (完全に不意をついたはずだったのに、私の動きについてきた――!?)  苦し紛れに返すの(あし)で放った回し蹴りも、頭を後ろに()らすことで難なく(かわ)される。 「良い動きだが――、甘いな」  完全に空を切った私の脚が回りきる前に、彼はもう一方の私の足を払いに来る。その動きを視認できていたのは、ほとんど奇跡に近かった。  私は振りぬく脚にあわせて無理やり身をよじってなんとかそれを躱す。が、私のそれは単なる偶然だ。もう一度同じことをやれと言われても、できる気はしない。  私は後ろに跳んで一度大きく距離をとり、真っ向から視線をぶつけ合う。  赤々と燃える尽きかけの蝋燭の炎が、彼の背後で(あや)しく揺らめいている。 「へえ――。偶然だとしても、なかなかだ。さすがに、甘く見ていたとはいえ半人半狼の状態の俺に掠り傷を負わせただけのことはある」  既に呼吸を荒くする私に対して、彼は息ひとつ乱していない。  首と指を鳴らして、余裕そうな表情でこちらを睥睨(へいげい)している。 「そういえば、昨日の問いの答えをまだ聞いてなかったな。――アンタは本当に、王族に正義があると信じてるのか?」
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