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しかし、これだけ注目されていても、香澄の心は動かない。それどころか迷惑としか思えない。
「申し訳ないんだけど、本当に断る。絶対に嫌だから」
「えっ、そんなー。どんな理由からですか?」
「同じ会社の人は嫌なの。社内恋愛はしたくないから、ごめんね!」
キッパリと振った。キッパリと振られた。
ガックリと肩を落とす一生は矢島に肩を抱かれ、「どんまい」と慰められる。「はい……」の返す声は小さい。さっきまでの堂々とした一生はどこにいったのかと、思われるくらい小さくなっていた。
「はあ~」
昨夜の収穫なしどころか変な展開になった合コンを思い出して、香澄は盛大な溜め息をついた。あの変な男、一生が同じオフィスにいると思うだけで胃が痛くなる。
「はあ~」
香澄が胃の辺りを右手でさすると、同じような溜め息が背後から聞こえて、ハッと振り返る。
ここは上昇するオフィスのエレベーター内である。香澄の他に社員はひとりしか乗っていなかったが、実のところ一生の次に会いたくない人物だ。
「牧瀬拓実……さん」
先日初めてその名と顔を知った牧瀬がいた。牧瀬は香澄の溜め息を真似たのだった。
「わぁ、嬉しいなー。フルネームで呼んでくれて、ありがとう」
喜びの声とともにパチッ……という音が聞こえた気がする。そんな音は実際出てはいないが、そんな音が聞こえてきそうなウィンクを牧瀬がした。
香澄は思わずポカンと口を開けてしまう。ウィンクなんてテレビの中で芸能人がやるのしか見たことがない。それを間近で見るなんて……。貴重? いや、そうじゃなくて!
この人も変! と一生と牧瀬を同じグループでひとまとめにした。『変な人』という名のグループだ。
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