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一生は自分の顔を見てくれない香澄にもどかしさを感じながら、躊躇いがちに懇願した。断られるかもしれないも覚悟もしていた。
「はあ……、いいよ。何が聞きたいの?」
ちゃんとした理由で断れないので、仕方なく聞くことにする。話したくないから、顔を見たくないからという子供じみた理由ならあったが。
ここは社内。社会人として大人の対応をすることをもう一度心掛けた。仕事だと割り切ればいいのだ。
暗くなる香澄の表情に反して、一生の表情さ輝いた。自分の要望を受け入れてもらえたのが嬉しかった。
「ありがとうございます! あの、ここなんですが……」
「ああ、それはね……」
香澄は確かに分かりにくい箇所だと思い、一生のデスクのほうに椅子ごと体を移動させて、丁寧に説明を始める。一生は説明をする香澄の横顔をたまにチラチラ見て、心を弾ませていた。
香澄はそんな一生の視線を感じてはいるけれど、そっちに顔を向けることなく説明を淡々と進めて、終了させた。
「ありがとうございます!分かりやすくて、大変助かりました。あの、よろしければお礼に……」
「何もいらないから。あくまでも仕事だから、教えただけ。気にしないで」
香澄は一生の言葉を遮って、自分のパソコンと向き合う。お礼に食事にでも誘いたかった一生だが、またの機会とに期待することにして、同じように自分のパソコンに目を向けた。
冷たい態度を向けられても、香澄への想いは変わらない。すぐ近くにいることだけでも嬉しくて、香澄の気配を感じながら、楽しそうにキーボードを叩いた。
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