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週末である金曜日、広告宣伝部に異動してきた三名のの歓迎会が割烹料理屋で行われた。広告宣伝部員が50人ほど集まる。
「では、最後に桐山くん。自己紹介をお願いします」
幹事である一生よりも二年先輩である奥村が一生に促す。一生が立つのと同時に奥村は座った。
「こんばんは。この度は僕のためにこのような会を設けていただき、お忙しい中お集まりいただき、本当にありがとうございます。改めて自己紹介をさせていただきます。桐山一生と申します。M大を卒業後、白精に入社しまして、ただいま六年目となります。今までいた部署は商品開発部でありまして、そちらでは……」
長くなりそうだと聞く者は足を崩しだした。一生のためではなく三人のための会なのにとみんな内心思っているが、そんな心の内に気付かない一生は話を続ける。
「……僕の家族構成は、両親と五才年下の弟がいます。弟も別の会社でこの春から働き始めましたが、彼は僕と違いまして、明朗快活な性格でありまして」
自分の紹介だけでなく家族の紹介まで話し出す。ここでは必要のない話で、誰も興味を持たない。皆、いつになったら飲めるのか、食べれるのかとお互い顔を見合わせていた。
そこで部長が立ち上がる。一生の話を止めるのに適任な人だ。
「ちょっと、いいかな? 桐山くん」
「はい、何でしょうか?」
「自己紹介はそんなもので充分だから、そろそろ乾杯して食べようじゃないか? せっかくの料理が冷たくなるしね」
みんな美味しそうな料理を目の前にして、お預け状態だった。冷ややかな視線が一生に注がれていたことにやっと気付く。
「そ、そうですよね。大変申し訳ございません。気付かなくて大変失礼致しました。では、あの! かんぱーい!」
慌てる一生はビールの入ったグラスを天井に向けて、掲げた。乾杯の音頭をとるのは、部長の役目だったのに、その役目を簡単に奪った。
グラスを掲げる一生にびっくりしながらもあちこちから「かんぱーい!」の声がした。部長は肩を竦めて、小さく「乾杯」と言い、自分の席に戻った。
その時、幹事の奥村が部長にそっと近付き「すみません」と謝ったのを一生は知らなかった。
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