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全く空気の読めない男ね……部長と幹事を可哀想に思う香澄は小さくため息をつく。一生は真面目でどんなことにも真剣に取り組む人間だが、周囲をよく見ないのが欠点だ。
香澄だけはよく見えるようで、初めから香澄の位置だけは把握していた。
「香澄さん、飲んでいらっしゃいますか? こちらに来るの遅くなりまして、すみません」
「来てほしいと頼んでないから。適当に飲んでるから、気にしないでください」
一生は今夜の主役だというのに、丁寧にみんなへビールを次いで回っていた。そして今、香澄のところに辿り着いた。チラッと一生を見た香澄の態度は、いつものように素っ気ない。
だからといって、今夜の一生は引き下がらない。今夜は香澄と話をするチャンスだと思っていた。
「香澄さんが僕の歓迎会に来てくれるなんて嬉しいです。ありがとうございます」
「えっ? 別に桐山さんのために来たのではなくて、全員参加と言われたからだし」
欠席出来るものなら、欠席したかった。しかし、幹事の奥村が全員参加だからと香澄に念押しをしてきた。奥村は密かに一生と香澄の成り行きを楽しみにしていたのだ。香澄にしてはいい迷惑だが。
「そんなふうに照れなくても良いですよ。こういう機会を僕は嬉しいと思っていますし、香澄さんもそうですよね?」
香澄は一生の言葉にびっくりして、この日初めて一生の顔をまともに見た。どんな根拠があって、自分まで嬉しいと言うのだろうか。一生の顔は赤く、目は少々虚ろになっていた。次いで回っていたから、その度に飲まされていたからだ。
良い感じに酔いが回ったらしく、いつも以上に強気で大胆なことを言い、自分の都合の良いように解釈までする有り様になっていた。
いつもは少し遠慮がちなとこもあったのだが、今夜に至っては遠慮することを忘れている。
「勝手な解釈はしないでくれる? いくら酔っていてもその解釈は気分が悪いだけだから」
良い気分に上昇している一生に対して、香澄の気分は最悪な方へと下降していく。しかし、香澄がどれだけ不機嫌になっていても、香澄を近くで見れるだけで充分嬉しい一生はさらに大胆になる。
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