迷惑な求愛

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そんな香澄の様子に鈍感な一生でもさすがに怯む。 「えっ?あ、これ、まだ途中だったのですね。失礼しました、勘違いしていました。申し訳ありません」 謝られても香澄の機嫌は良くならない。何も言い返すことはしないが、うな垂れる一生を睨み、中断してしまった作業を再開させる。 「あ、では、このロゴ入れをしてもらってもいいですか? 仕上がりを見てみたいので」 もうすぐ上がろうとする人にお願いをするなんて、どこまでも迷惑な男である。まだ完成してないのだから、完成するまで待っていれば良いだけのことである。だけど、一生は必死だった。 香澄を引き止めるために。 「今は無理。来週やるからそれまで待ってください」 香澄は全ての作業が終わり、ファイルに保存した。もちろん一生の要求には即却下だ。 デスク周りを片付けて、スマホを見る。佳菜子から『了解』と返信が来ていた。帰る準備は出来た。定時まであと2分。もうすぐ帰れる。 「では、僕がやってみてもいいでしょうか? やり方を教えてください」 一生はまだ香澄の隣りで広告を眺めていた。 「は? やってもいいから、自分で考えてやって。そんな難しいことじゃないでしょ?」 あと2分で帰ろうとしている香澄には教える時間はない。明らかに帰るのを邪魔する一生に苛立った。ここまで機嫌悪い態度をされて、さすがの一生も今日は諦めるしかない。 「分かりました」 一生は自分のデスクの方へ足を向けた。引き止められなかったことに肩を落とす。香澄はやっと離れた一生にホッとする。 「あ!」 「えっ?」 突然一生が振り返るから、香澄はびっくりする。 「良い週末をお過ごしください」 複雑な思いはあったが、優しく微笑んだ。香澄は「お先に」と無表情に返す。無視されなかったことを一生は小さく喜んだ。
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