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スプリングコートを小脇に抱え、バタバタと走って、今夜の会場であるアジアンレストランの茶色いドアを開ける。
会社から徒歩で行ける距離にあるこのレストランにしてもらって良かったと走りながら、何度も思った。近い場所でなければ間に合わなかった。時間にルーズだと思われては印象が悪くなる。自分を少しでもよく見せなければ良い男をゲット出来ない。
「香澄、こっち!」
大学時代からの友だちである佐伯佳菜子(さえきかなこ)が入り口付近で香澄を待っていて、手を振る。
「佳菜子!ごめん、遅れて……」
「大丈夫。まだ揃ってないから」
間に合ったと思い、腕時計を見たが、約束時間を一分過ぎていた。でも、大丈夫と言われて、息を整えながら胸を撫で下ろす。今は三月初旬で昼間はコート無しでも過ごせるが、夜になると冷える。
だけど、走った香澄の額には汗が滲んでいた。その汗をハンカチで押さえながら、佳菜子と予約されているテーブルに行く。化粧直しをしたいところだが、それを許される時間はないようだ。
「はーい! 香澄の登場だよ」
「ちょっと、佳菜子……、やめて」
妙にテンションの高い親友佳菜子に戸惑って、香澄は佳菜子の腕を掴んだ。
「なに言ってんのよ。ちゃんとアプローチしなさいよ。じゃないと、男出来ないって」
佳菜子は香澄だけにしか聞こえない声で話す。香澄は佳菜子の言葉を都合よく脳内変換させた。
『男出来るイコール結婚出来る!』
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