秘密な求愛

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「何を言い出すのよ」 「佳菜子さん、おすすめありがとうございます! 佳菜子さんも言ってますし、どうでしょう?」 一生は隣りに座る香澄に張り切って体を向ける。こちらも目を輝かせている。だけど、香澄の目は冷ややかである。 「調子に乗らないで」 「そうだよ、調子に乗るなよ。桐山よりも俺の方が香澄ちゃんに合っている。ね、香澄ちゃん」 牧瀬は邪魔をするように割り込んできて、得意のウインクをした。ニコニコする牧瀬に香澄は戸惑う。これまた予想外の発言だ。 「えっ?あの、牧瀬さん……」 「アハハ! 香澄ったら、モテモテー。アハハー! どうするー? どうしちゃうー? 決めなさいよー」 佳菜子は酔うと笑い上戸にもなる。上機嫌で手を叩いて、面白がった。 「佳菜子、うるさい」 「香澄さん、ぜひ僕を選んでください。大事にします!」 「香澄ちゃん、絶対俺と付き合った方が楽しいよ! ね、そうしなよ」 ふたりの男から求愛される夜になるなんて、思いもしなかった。頭が痛くなる……。残りのビールを飲み干して、ドンッとジョッキを置く。 「どちらもお断りします。佳菜子、帰ろう」 「えー? まだ帰らないよー。楽しいのにー。もっと飲もうよー」 笑いながら事の成り行きを楽しんでいた佳菜子は香澄に腕を引っ張られるが、立とうとしない。そこに一生が立ち上がった。 「香澄さん、僕が送ります!」 「結構です。ほら、佳菜子、行くよ」 渋々立ち上がることになった佳菜子は渋々タクシーに乗せられた。帰りたくないけど、帰ることになったから、佳菜子はご機嫌に手を振った。 「またみんなで飲もうねー」 「うん。佳菜子ちゃんも香澄ちゃんもおやすみ」 香澄は無言で会釈しただけ。一生はまたしても送る機会を逃してしまった。香澄と佳菜子の乗ったタクシーを見送ったあと、不平をもらす。 「牧瀬くん、僕に協力してくれるんじゃなかったのですか?」 「そんなこと気にするなよ。つい面白くなってしまってね。ごめんねー」 牧瀬は香澄が好きだから、誘ったのではない。ただ一生をからかっただけである。だから、謝罪の言葉にも真剣味がない。一生は溜め息をついて、三日月が浮かぶ空を見上げた。
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