真剣な求愛

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香澄が知らなければ、一生も知らない。 同じ会社でも話したこともなければ顔を合わせたこともない人もいる。社員数が多い会社だから、部署が違えば、有り得ないことではない。一生は商品開発部に所属していた。 「商品開発部……牧瀬さん……」 香澄は商品開発部で知っている顔を思い出した結果……、浮かんだ男性の名前を口に出す。 「えっ? 牧瀬拓実をご存知ですか?」 牧瀬拓実……。二日前に有給休暇願いを提出するために総務部へ行った時に会った男である。牧瀬もたまたま総務部に用があって来ていて、その時に初めて見た顔で、知った名前だった。 たまたま隣に立っていただけなのに馴れ馴れしく話しかけてきた上、「よろしく」と握手までしてきたので妙な警戒をしたのだった。 「うん、総務に行ったときに会ったの」 「牧瀬と総務でお会いしたとは、本当に同じ会社にお勤めなのですね」 「うん、そうみたい。そんなことがあるなんて、ビックリだよねー」 予想もしない偶然に香澄は笑うが、一生はまた頭を下げた。 「申し訳ございません。全然存じ上げなくて……」 わざわざ謝ることでもなく、ましてそんなこと頭を下げるのも変というか律儀な人だ。香澄は予想外の動きに目を丸くしてから、笑う。 「私も知らなかったし、全然気にすることじゃないよ」
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