迷惑な求愛

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迷惑な求愛

爽やかな風が心地良く感じる四月下旬の朝、香澄は颯爽と歩いていた。いつもよりも一時間早い出勤で、周りを歩く人もいつもより少なかった。人が少ないと空気までもが違って感じられ、いつもより清々しく思えた。 香澄が早く出勤した理由は定時で上がるためだ。何が何でも定時で上がるには絶対に仕事を終わらせなければならない。そのため、早くから始めることに決意した結果が今である。 広告宣伝部のドアを開ける。この時間はまだ誰も出勤してないはず。だから、仕事も捗ると思っていたのだが……。 「あ、香澄さん!おはようございます」 「何でいるの……。おはようございます」 一足先に来ていた一生を見て、香澄のテンションは一気に低下する。誰もいないほうが集中出来るというのに。よりによって、一番関わりたくない男がいるとは……香澄はげんなりした。 「僕は大体この時間には出勤しています」 一生は毎日一番早く出勤して、その日にやるべきことの段取りを整理する作業を行っていた。効率よく進めるために必要不可欠の作業だと思っていて、入社以来ずっと続けていて、それが習慣となっている。 もちろん商品開発部に所属していた時も同様なことを行っていたが、牧瀬には逆に要領が悪いのではないかと指摘されていた。 それでも、自分のスタイルを崩すことなく実行していた。だから、部署が替わってもその習慣は変わらない。 「あ、そう……」と関心の持たない返事をして、香澄は自分のデスクに座り、パソコンを起動させて黙々と作業を進めていく。 一生は整理作業がひと段落ついたところで、真後ろに座る香澄に視線を向ける。カタカタとキーボードを叩く音がふたりしかいないフロアに響いていた。ふたりしかいないから、話し掛けたいと思うのだが、邪魔を出来ない空気を感じ取っていて、チラチラを目を向けることしか出来ない。
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