男女6人夏物語

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 「葵ちゃんはどういう系が好き?」  「はぁ?」  突拍子もない将人の問いに葵は顔を顰める。  「いや、世の中には色々あるじゃん。時間停止とか素人ものとかさ。ちなみに憲太郎は人妻だって」  「将人君は教師ものでしたよね」  「うん。俺、年上好きだし」  葵は深々と息を吐き出すと、素早く拳を繰り出し将人の鳩尾で寸止めする。  「ご、誤解だって! AV(アニマルビデオ)の話だから」  「時間停止するやつがあるなら、見てみたいものだな」  「えっ? 葵ちゃんって時間停止系が好きなの? 超いがーい!」  「アホか!」  「近親相姦とか好きそうだよね」  死ね。と低い声で呟くと、葵は拳を思い切り鳩尾にめり込ませる。  「痛だだだだだだ! それはマジで死ぬ!」  「それで死ぬのはイヤですね」  「殺していいなら、このまま拳で腹を貫いてやりたいがな」  脅しをかけると将人はすぐさま両手を上げ、涙目になりながら首を左右に激しく振う。それから不満そうに唇を尖らせた。  「物騒すぎでしょ。っうか男は殺しちゃダメだから」 咄嗟に睨みつけたが、他意はないようで不思議そうな顔をされた。視線を逸らしながら舌打ちをする。  「……女もダメだろ」  と葵は独り言のように呟いた。  短い沈黙の後で将人が小さく笑う。その顔はいやに大人びて見えた。  「確かに女の子は殺しちゃダメだね。可愛いから」  「同意見です」  「女の子はいかせてあげないと」  「そうですね。遙か高みにある天国に……」  将人と憲太郎がふと遠くを見つめる。  「お前らは何の話をしている、何の!」  葵は呆れながらも将人の頬を掴んで、左右に強く引っ張った。そして頭を抱えながら再び窓の外を見る。高速を走る車は他にないが、止まっている車はいくつかあるため、バスは器用にそれらを避けながら走る。  「葵ちゃんってさ」  将人が言葉を投げ掛けてくるが、葵は無視して外を見ていた。再び名前を呼ばれる。  「なんか重いもん抱えてそうだね」  あっけらかんとした言葉が背中に当る。葵はそれでも振り向かず、景色に飽きたので目線を上に向ける。空には雲一つなく太陽が煌々と輝いていた。  窘めるように憲太郎が将人に声を掛ける。  「……こういう時代ですから」  「いや、悩みは絶対あるじゃん。時代とか関係なくさ。でも話せば楽になるかなって」  照れが混じる声に、葵は何気なく顔を横に向ける。将人は頭を掻きながら照れくさそうに笑っていた。想像した通りの顔だった。  葵は再び顔を逸らすと、窓枠に肘をついて小さく鼻を鳴らす。  「……色々あってな」  それ以上何も言わなかった。将人も憲太郎も何も言わなかった。会話はそれ以上続かず 、車が高速道路を走る無機質な音だけが車内に響いている。  だが、バスはしばらくすると急にスピードを落とし始める。やがて止まった。何かあったのかと葵は運転手の元に駆け寄る。  「この間までは大丈夫だったんだが」  と運転手は正面を見据えながら顔を顰める。そして深く息を吐き出した。フロントガラスの先に白い物体がいくつも見える。一見雪にも見えるそれは、各々が意思を持って好き勝手に動いていた。  「サーチャーか」  そう呟いた将人の顔は珍しく険しい。  彷徨える死人(サーチャー)――一度死んで生き返った人間。それをこの国ではそう呼んでいる。見た目はほぼ生前のままだが、目は虚ろで髪は雪が積もったように白く染まっている。  「轢け殺せばばいいのかもしれないが…………私にも高校生の娘がいてね」  運転手は帽子の鍔を掴んで深く被った。もどかしさと悔しさを含んだその声に、葵は心中を察してそっと瞼を伏せる。  1年前。1人の女子高校生が急死すると、数十分後に突然生き返るという現象が日本各地で一斉に起った。彼女達は人を無差別に襲った。家族も恋人も友達も、見境なく襲っては噛んではサーチャーに変えた。またはただの肉片と変えた。その数は日に日に増えていき、人々は周辺に何もないサービスエリアへの非難を余儀なくされた。  一応病気と認定されたそれは、主に女子高校生に近い年齢の少女だけがかかる。原因は未だ不明。本当に病気によって引き起こされたのか、突然変異したウィルスによるものか、人為的な某国によるテロか、気が触れた奴のテロか、はたまた神様の度が過ぎた悪戯か。  様々な憶測が憶測を呼び、つい最近まで日本は混乱に陥っていた。  ちなみに、サーチャーはゾンビの定義と然程変わらない。話せないため意思疎通は図れない。知能は高くなく3、4歳程度と言われている。サーチャーという名前なのは、ゾンビだとイメージが良くないからだという。  誰に気を遣っているのかは分からないが、国が勝手に呼び方を定めた。由来は彷徨う姿が何かを探しているように見えるのだと、かつらの中年キャスターが自慢げに語っていた。  「引き返そうか?」  そう言った運転手の声は優しかった。  葵は静かに首を横に振るう。  「顔とか超グチャグチャで、本当にゾンビみたいだった良かったのに」     「それなら殺す罪悪感が薄れるかもしれませんね」  「見た目の問題じゃないだろ」  「でも俺、顔はあんまりこだわらないタイプだから」  「知らんわ!」  得意げな将人の戯言を無視し、葵は一旦自分の席に戻る。椅子の脇に立て掛けられている長細いバックを手に取り、肩に掛けると再び運転手の元に戻る。 「ここからは徒歩で行きます」  最初に告げにも関わらず、運転手は心配そうな顔つきで見つめてくる。葵は一瞬決心が揺らぎそうになった。けれど拳を強く握り、簡単に揺らぐな。と自分自身を戒める。  ワイシャツ越しに感じる、背中に背負ったバッグの感触。胸が軋んだ。が、同時に励まされているような気もした。  「……どうしても、行きたいところがあるんです」  目を見つめて淀みなく告げると、運転手は深く頷いた。それから運転手同士がやる挨拶のように、頭の横で敬礼のポーズをする。葵は深々と頭を下げた。  「気をつけてな。死ぬんじゃないぞ」  不安そうに葵達を見つめながら、運転手がバスのドアを開ける。  「ありがとうございました」  「おじさんも帰り道は気をつけてね」  葵が段差を下りると憲太郎が続く。最後に将人は大きく手を振って、一気に段差を飛び降りて地面に下り立つ。運転手は最後まで不安そうに3人を見つめていたが、葵がもう一度頭を下げると静かにドアが閉められた。  バスは少しだけバックし、器用にUターンして元来た道を戻っていく。葵達はしばらくバスを見つめていた。  「行っちゃったね」  「ですね…………これからどうしますか? 八夜君」  「なんで俺に聞く」  「葵ちゃんってリーダーって感じじゃん。俺が全て仕切る! みたいな」  将人の頭を手加減なしで叩くと、葵は改めてサーチャー集団を見る。  その数は大体10人前後。あちらはまだ葵達の存在に気づいていない。互いの距離は50m程離れていて、仮に気づかれても多分逃げ果せる。辺りを見回すと反対車線の方が比較的サーチャーが少ない。どうせ逃げるなら数が少ない方が良いだろうと判断を下す。  「反対車線から行くぞ」  「あちらの方がサーチャーがいないですし、無難な選択ですね」  「よっしゃ、早速行こうぜ」  将人が先陣を切って歩きだす。少々癪だったが後に続くと、不意に顔だけ後ろに向ける。見つかったらどうすんの?と漠然とした質問を投げかけられた。  「逃げる。誰かがコケても無視して逃げる」  「ひでー」  「現実はいつだって非情ですから」  憲太郎の言葉に頷きながらも、そうならなければいいがな。と葵は内心呟く。だが、その願いはあっさりと破られた。後方から突然のクラクション。サーチャーの集団は一斉に葵達を捉えた。一瞬の間があってから、集団が一斉に走ってやってくる。  「きゃぁぁぁぁぁ!」  将人は女子のような悲鳴を上げ、葵に抱きついた。憲太郎は1番最初に逃げ出した。『自分の身は自分で守る』と先程公言したので、その行為を責めることはできない。葵は将人を振り払って体を反転させると、前から白い軽トラックが猛スピードで走ってくるのが見えた。  予想していたよりもかなり距離が近く、つい体が硬直してしまう。何とか我に返ってその場から離れようとすると、軽トラが葵の体のすぐ真横を通り抜けていった。軽トラはサーチャーを数人はねて止まる。タイヤと地面が擦れ、顔を顰めたくなるような高音に葵は耳を押さえた。  「すっげぇー」  将人が棒読みで呟く。   車が来るのは予想外でしたね。と、逃げたはずの憲太郎がいつの間にか横にいて、至って普通に相槌を打っている。  「誰が運転してるんだ?」  率直な疑問が口から出た。サーチャーに運転はできない。仮に偶然できたとしても、葵や将人を轢き殺さずに避けることなどできるはずがない。となると人間が運転しているということになる。だがあのまま逃げ去ることもなく、わざわざ停止した理由が分からなかった。  「ヤバくない? あれ」  将人の指差す方向を見ると、軽トラがいつの間にかサーチャーの集団に囲まれていた。中にいる人間が襲われるのは時間の問題だが、助ける力も義理も葵にはない。傍観していると、勢い良くドアが開いてサーチャーの1人が吹っ飛ばれた。
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