卵焼き

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「見て見て!今日の卵焼きは自信作!」 「?出汁でも変えた?」 「出汁じゃないよ~。塩だけなんだけど~、これがまたおいしーの!」 「へ~」 「へ~って、反応うすっ!まあいいや。で、たべてみてよ!」 「え~」 「食べてよー!感想聞~き~た~い~!!」 「~~っ、わかったよ」 塩だけなので鮮やかな黄色。 ちょっと焼き目が付いた所もあって、それが余計手作り感を出している。 特段、変わった香りもしないので、きっと普通のサラダ油。 形は楕円形の厚みをもった ふっくらしたフォルムで、 何層にも重なった断面が、丁寧に巻いたであろう時間を想像させた。 その黄色い、あたたかさを感じる物を、少しの間ながめた。 理由はわからないが、なんだか惜しい気がして。 でもそうしてながめていると、横から早くと急かされて、流されるままに口に運ぶ。 うん、塩味だ。 卵自体の甘さに、ほんの少しの塩気が加わって、 コクがあるのにあっさりしている。 でも、その味の先に何か別のものも感じ、 塩だけでは出ないはずの旨みを覚えた。 「何の塩をつかったの?」 「ふっふっふっふ~、岩塩!!」 「岩塩?」 「そう!最近流行ってるんだよ~!!」 「そうなんだ」 「おいしいでしょ~!私も味見した時にね、 これはイケル!っておもったのよ~」 「うん、そうだな。いけるよ。」 「でしょー?」 そうやって笑った君の顔と、口の中の後味が、頭から離れない。 その後、何度か卵焼きを味見する機会があって。 そのたびに感想を求められて。 そんな日常が過ぎてゆく。 口の中にはあの後味が、頭の中には笑顔が、どんどん蓄積されてゆく。 お腹と胸の中がホカホカして、味と感情をかみしめる。 時には飽きたような顔をしてみたけれど、 もうずっと何か足りないと思う人生を歩んできた自分には、 本当はまだまだ足りなくて、 『いつもごめんね~!でも食べてみて♪』って言う、 甘えてくれるような言葉ごと お腹にいれて、自分の欠けた所を埋めていた。 「ねえ!自信があるんだよ~卵焼き♪」 「どれどれ~?ん~、お?!うまいじゃん!!」 「でしょ~!!」 頭の隅では分かっていた。 本当はきっと別な所に向かうものなんだと。 『足りない所を少しだけ補う』 それで満足していたのに。 一度埋めはじめてしまったら、 もう少し、もう少し、と欲がでて。 初めはあった、あたたかいものとの距離感も、 いつの間にかわからなくなって。 失敗。 落胆なんて感情をもってしまった自分を いさめなければ。 鮮やかな黄色。 少しの焼き目は手作りのぬくもり。 ふっくらした形の、丁寧に巻いた様子がわかる断面の層。 卵の甘さと少しの塩気と、その先の旨みと、それと。 「な~、ちょっとこれ食ってみろよ~」 「ん?」 「これ結構うまくね?」 「ん~」 「あっ!なに勝手にあげてんのよ!」 「いいじゃん、俺のなんだし~」 「そうだけどさ~」 「イケると思うよ」 「おいコラ、食ってから言えよ」 「これ好きだろ?お前」 「なんでわかるんだよ!」 「だって俺も結構食ったし」 「あ?」 「あっ、ちょっと!」 「よかったな。こいつずっと練習してたんだぞ?」 「え?」 「おかげで俺は、しばらく卵はいいよ。」 「もう!!!!……そう言う事!わかった?!」 「ありがとな!」 俺にとっても、ありがとう、だ。 でも、新しくあいたこの穴は、 これからどうやって埋めていけばいいのだろう……。
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