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「実はね、僕はクローン化そのものがあまり好きじゃない」
そう言って彼はパクリとケーキを口に入れた。急に真面目な雰囲気になったと思ったが、もしかしたらさっきとあまり状況は変わっていないのかもしれない。私はもう食べ切ることを諦めたので、素直にコーヒーを飲む。
「じゃあなんでこんな仕事を? クローン化される人間のカウンセリングなんて一番辛いでしょ」
「まあいくつか理由はあるんだけど……。一番はどうにかしてこの制度を変えようと思ったからだよ。だっておかしいだろう? 自分たちの言うことを聞くあやつり人形が欲しいからって人の人生をめちゃくちゃにしていいわけがない」
「その点に関しては私も同意。それで、なにか進展はあったの?」
こちらが聞いてばかりなのが申し訳ないくらい、彼は素直に返事を返してくれる。これも心理的作戦なのかもしれないが、素人の私には何も理解ができない。どうせあと数十分の命なのだ。何を聞いたっていずれ忘れてしまうのだから。私の問に対して彼は肩を竦め、自嘲気味に笑った。
「それが全く。これまで何人も診てきたけど皆、悲しそうに笑うんだ。しょうがない事なんだって。何もしょうがないことじゃないのにね」
「そう……この国は上が腐ってるからそこから変えなきゃいけない。そうだ、もっと偉くなればいいのよ、貴方が」
「無茶を言うなぁ。……ここだけの話。上層部はみんなもうクローン化されてて、電波も届かないような辺境に飛ばされているんだ。だからこの国を仕切っているのは、既に人工知能ってわけさ」
幹部はもうお払い箱でとっくの昔に地方に飛ばされてるよ、と彼は付け足した。上層部が人工知能の言いなりになっているから、人工知能支配都市なんて仰々しい名で呼ばれてると思っていたが、もうすでに全て支配されてしまっていたらしい。そういえば、ここ数年総理大臣や、その他大臣の変更のニュースを見ていなかった気がした。下手に昇進すれば今度は自分の身が危なくなる。だから松原はこの位置に落ち着いているのか、と一人で納得した。何年も、自分の上司が消える手伝いをしている。それはどんな感覚なんだろうか。ふと、一つの仮説が浮かんだ。ここ何年か、ずっとカウンセラーをやっている彼はもしかしたら。
「ねえ、貴方ってどのくらいこの仕事やってるの?」
「まあね。そうだなぁ六年くらいはやってるよ
六年。私たちのクローン化計画が出た期間をすっぽり含んでいる。
「貴方、もしかして他のメンバーのカウンセリングもやってた?」
私の問いに一瞬、きょとんとした顔を浮かべたがすぐに理解したらしい。何かを思い出すように、斜めに視線をずらして柔らかく笑った。
松原は私が見ることの出来なかった最後の彼女達のことを話してくれた。春乃はロールケーキを美味しそうに食べてくれたとか、千夏は入った瞬間に自分の顔を一発殴った、秋穂とは紅茶の話をしたとかそんな話。私が最後に見たのは彼女達の虚勢を張った笑みだけだったから、少しでも笑顔でいてくれたならそれで良かった。それもきっと、この人のおかげなんだろう。
「……あと五分か。なかなかあっという間だったね」
「もうそんな時間なんだ。もっとあの子達の話聞いてたいのに残念」
「それにしても冬華さんが、笑顔になってくれてよかったよ」
眉を下げながら松原は何杯目かもわからないいちごオレを傾けた。ケーキはとうの昔に食べ終わり、つい五分ほど前にねじまきロボが二皿目を持ってきたところだ。本当ならば、政府に対する敵意をむきだしにしたまま、恨んでこの場を去るつもりだったのに、この男のせいでもう少しだけここにいたいと思ってしまう。
「他の子達はね、自分のことだけじゃなくて残りのメンバーのことを気にしていくんだ。残りのメンバーをよろしくお願いしますってわざわざ、言ってくんだよ。入ってきた時は震えてたりするのに、部屋を出る時には笑顔になってる。それが僕の仕事なんだ」
「ふふ、よろしくだなんてよく言ってったわね。一応私が最年長なのに、気を遣わせちゃったみたい」
「三人とも冬華さんのこと話す時は笑顔なんだ。……信頼されてたんだよ、君は」
「……信頼、か」
ぽろり、と瞳から雫がこぼれて一瞬固まる。何が起きたかを考える前に脳が理解した。きっと今、私は泣いてる。何年も泣いていないっていうのに、この男が語る彼女達の最後の姿を思い浮かべて子供のように泣いている。とめどなく溢れる雫は止まることを知らず、次から次へとこぼれていく。そうか、そうか。彼女達の最後は決して悲しいだけのものではなかった。笑顔のままで彼女達は消えていった。その事だけで胸の中で安堵と幸せが混ざりあって溢れていく。
「クローン化はもちろん嫌いさ。でもね、嫌いだからって疎かにしちゃいけない。僕の仕事は君みたいな人を笑顔にして送り出すことなんだよ」
そう言って時計を確認する。残り1分くらいだろうか。松原は静かに涙を流す私を見て、少しだけ笑い、二度手を打った。入ってきたロボはかちかちと聞きなれたリズムを刻みながら、私へとハンカチを差し出す。
「残念ながら時間切れみたいだ。笑顔で送り出すことは出来なかったけど、それはきっと悲しい涙じゃないだろう? ならばよし、僕の仕事は果たされた」
「……ありがとう。彼女たちの事も含めて」
「お礼を言われる立場じゃないよ。君が笑っていってくれるだけで僕は幸せなんだからさ」
きっとこの人はこれからもずっと孤独だ。人工知能というものを敵に回してずっとクローン化と向き合って生きていくのだろう。誰よりも人の心に寄り添って、誰よりも孤独のままでずっと。ロボに促されて、彼の後ろにあった扉の前へと立つ。ここをでれば、私は終わり。それでも、不思議と怖いとは感じなかった。
もう一度だけ振り返って、彼へと最後の言葉を送る。
「ケーキ残しちゃってごめんなさいね。苺食べていいわよ」
「いや、遠慮しておくよ。ショートケーキっていうのは苺が一つだけだからいいんだよ。その方が特別って感じがするだろう?」
それもそうね、と短く返して部屋を出た。彼がどんな顔をしていたかは、眼鏡に隠れて見えなかったけれど、きっと笑ってくれていたはず。私はそう思いたい。
「冬華さんも見てくださいこれ! すごいですよ!」
仕事に一段落ついてコーヒーを流し込もうとした時、近くのデスクから声が掛かる。一つのノートパソコンを囲むように三人ほどがそこに集まっていた。呼んだ本人である春乃があまりにもこちらを見ているので、諦めてコーヒーを置いた。
覗き込んでいたパソコンには輝かしいステージで踊る女の子たちがいた。ピンク、青、オレンジ、白。どうやらアイドルらしい。どこかおかしいのだろうか。秋穂が確かアイドルが好きなはずだが、初めて見る顔だ。──顔?
「……面白いくらい似てるわね、私たちに」
「そうっすよね! あたしは青で冬華さんは白!」
「動画サイトで新人発掘してたらふと目に入ったの」
見れば見るほど私たちに似ていた。眉の下がり方とか、笑った時のえくぼとかそんな所までそっくりだ。まるで、私たちがアイドルとして歌って踊っているみたい。なんて言うんだっけ。こういう、そっくりさんみたいなの。頭を捻っていると、千夏があっと、声を上げた。
「クローン人間みたいっすね! なんか!」
「クローン人間? それってなんのこと?」
「昨日アニメで見た!」
「千夏ちゃん、また夜ふかししたの!? なのにその肌とか……」
別の話題で盛り上がり始めた頃、昼休憩を終える鐘が鳴った。部屋にもどこかに食べに出かけていた社員たちが、ぼちぼちデスクへと戻り始めていた。短いなぁとごねる後輩ふたりの頭を、手元のボールペンで叩く。私たちに似すぎたアイドルはとても気になるところだが、今は仕事の方が優先だ。
「クローン人間なんているわけないでしょ。人ってのは一人だけだから特別なの。はい、この話終わり!仕事するわよ!」
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