ストロベリーとモノクロ

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フロントにいた人工知能に言われるがまま、乗り込んだエレベーターを降りた先には白の世界が広がっていた。具体的に言うならば、白い壁に白い床。白い机があって白い椅子が二つ向かい合って置かれている。その一つには担当者だと思われる一人の男性が腰かけていた。てっきりSF映画の薄暗い実験施設のような所だと思っていたため、その異様さが逆に寒気を呼ぶ。それくらい、この部屋は何もなさすぎた。 一歩踏み出せば自分のヒールの音だけがこつんと部屋に響いた。無音であるからか何気ない音が、どうもいつもと違うように感じる。この部屋の雰囲気に飲まれているからだろうか。重圧に押しつぶされそうになりながら歩みを進める。ふと、男性はこちらに気づいて席を立った。突然の行動に動きを止めた私を気にする様子もなく、こつこつと革靴を鳴らしながら近づいてくる。目の前で止まったかと思うと、彼はにこりと笑って手を差し出した。 「はじめまして、古澤冬華さん。僕はクローンカウンセラーの松原。貴方の心のケアを担当するよ。短い時間だけどよろしく」 松原と名乗った男をゆっくりと観察する。口調や表情から察するに、悪い人ではなさそう、というのが彼に対する私の第一印象だ。眼鏡や白衣などを見るに研究者のようにも見える。しかし、クローンカウンセラーとは一体。聞きなれない言葉に首をかしげていると、男はああ、と声を上げた。 「聞きなれないのも無理ないよね。政府関係者くらいしか、職業の存在も知らないし。そのままと言えばそのままなんだけど、クローン化される人間のカウンセラーってことだよ。それと、短い付き合いだから、口調はお互いゆるくいこう。その方がお互い楽だしね」 人の心を読んだようなことを言う。これもカウンセラーという職の成せる技なのだろうか。初対面の人間であるのに遠慮無く、ずかずかと心の領域に入り込んでこられるのはあまり好きではなかった。差し出された手をやんわり握って、よろしくと短く返すと松原は私を席へ座るように促した。 「ねえ、冬華さんはショートケーキ好き?」 「……は?」 突然の質問に思わず、間抜けな声が出てしまう。慌てて口元を抑えるが、彼はそんな私を気にせず一人で話を進めていた。自分は甘いものが好きなこと。そのなかでも苺の乗ったショートケーキが好きなこと。この場に似つかわしくない話題だ。もっと話すべき重要なことがあるのではないだろうか。 「それで? ショートケーキは好きかな」 「……ええ。好きよ」 「そう! それなら良かった。嫌いって言われたらどうしようかと」 松原がぱんぱんと二度手を打つと、彼の後ろにあった扉が開きメイド型ロボが顔を覗かせる。手のトレイにはショートケーキが乗ったトレイが乗っていた。きっと彼が用意したものなのだろう。 「まあ、食べながら話をしよう。残り時間はきっかり60分。僕はその間に君と話をして、君の心のケアをしなきゃいけない」 だってそれが仕事だからね。そう言ってショートケーキを一欠片口に入れた。お気に召したようで、頬が緩んでいる。私も真似して口に運んでみるが、だいぶ甘い生クリーム使っているらしい。胸焼けしてしまいそうだ。 「甘すぎる、これ。もう少し控えめでもよかったかも」 「僕はこれくらいが好みだけどなぁ」 他愛のない話をしながら、ケーキを食べ進めていく。本当にただスイーツを食べにカフェにでも来たみたいな気軽さだ。口の中がそろそろ甘ったるくて、飲み物が欲しい。確か、鞄の中に飲み物があったような。 「そろそろ飲み物が欲しいなぁ。どうする、君はなにか飲む?」 また心を読まれた。本人に直接聞いたとしても、きっと上手くはぐらかされる。コーヒーで。と無難に返すと、彼はまた手を2度叩いた。 運ばれてきたコーヒーは丁度いい苦さだった。口の中の甘さを払拭してくれるような苦味が口中へ広がる。一方、彼はこんなにも甘いものを食べているのに、いちごオレだなんて甘さを倍増させるようなものを喉へと流していた。どれほど苺が好きなのか。話せば話すほどこの人のイメージが崩れていく。相手は政府関係者。私の一度目の人生を壊す人間のはずなのに。 「さっきから不思議そうな顔をしてるね。そんなに不思議かな、一応僕なりに気を使ってるつもりなんだけど」 「そうね、気を遣われすぎて逆に怖いくらい。私は貴方とお茶しに来たんじゃないんだけど」 もっと他に話すべきことがあるんじゃない。そう畳み掛けると彼は困ったように眉を八の字に下げて、頬をかいた。すぐに表情や態度に出るタイプの人間。人には好かれるけど、仕事には向いていない。 「心を読むようなことをさっきからしてるでしょ。なにか思惑があるとしか思えない。あいにく、私はこの一年間で人を信じることをやめたの。やるならとっととやって」 元々の性格がひねくれているせいで小さい頃から一人でいることが多かった。だから、こうしてアイドルとしてメンバーと過ごせる時間が何よりも大切だったのに。皆がもういないこの街に用はない。はやく私からこの記憶を早くもぎ取って、仮初の人形へと埋め込んでしまえばいい。この記憶は一人で抱えるには、あまりにも重すぎた。 ここは、なによりも本人の意思が尊重される場のはずだ。それなのに松原は何かを決意した顔で小さくよし、と呟いた。 「分かった、いまから監視カメラも何もかも止めよう。もちろんボイスレコーダーとかそういうのもなしだ」 さっきまでの雰囲気はどこにいったのか、強い意志のこもった眼光が私を貫く。プロとしての彼がそこにいた。 「本音で話そう、古澤冬華さん」
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