ストロベリーとモノクロ

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二十二世紀。世界の技術は飛躍的に進歩を遂げていた。もう誰が作り出したかも定かではない人工知能によって、世界は、地球は回されている。日本も例外ではなく、人工知能の指示より、首都である東京を隔離し地方都市に工場を配置。近代化と銘打ち、技術を都市部へ集中させ、地方と圧倒的な技術格差を生んだ。今では東京に一歩でも足を踏み入れると、もう二度と外には出ることは出来ない。なぜならば、東京には地方に持ち出してはいけない情報、技術が星の数ほどあるからだ。目に入る全てが機密情報である都市。地方に住む国民は畏怖の念を込めてこう呼ぶ。『人工知能支配都市』と。 白と黒を基調とした女らしさの欠けらも無い部屋。それが私の部屋だ。アイドルという職業についてはや五年経つが、それから部屋のレイアウトが変わったのも一度か二度。物に対して執着や好みなんてものは、私にはもう必要がなかった。 ここに越してきてからの付き合いであるテレビを起動させると、どのチャンネルでも茶髪の女性が、様々なニュースを伝えていた。今日のアナウンサーはA─5型。朝のニュースを担当するように作られた人工知能だ。昨日は爆破事件があったとかで、真面目なB─5型が使用されていたはず。だが、使用頻度なんて気にすることは無い。相手はただの人工知能なんだから。はじめの番組まで戻ってきたことを確認し、テレビの電源を消して、手元のトーストに齧り付いた。 世界の技術が発達した背景には急激な人工知能の成長がある。我々人類が持ちえた知恵を上回る頭脳は、あっという間に世界に影響を与えた。人工知能の成長によって、まず初めに戦争が起こる可能性がなくなった。ぎこちなく回る国同士の歯車に人工知能という潤滑油はよく染み、ずば抜けた知能を持つそれが世界の均衡を守ったのである。そして次々に人工知能が示した政策は成功を収め、人類は人工知能に依存した。一昔前に人工知能の発達により、職業が限定されるといった意見があったと聞いたことがあるが、その時点で人類は人工知能というものを手放すべきだった。止めなかったから今こうして職業はもちろんのこと、地球という星が人口に支配されてしまっている。 人工知能が出した政策の中でも目を引くのが『寿命無限化計画』だろう。今となってはもう当たり前のようなことだが、一世紀前では漫画やアニメでしか実現ができなかったという。違和感を抱かないあたり、どれだけ人工知能が日常へと染み込んでしまっているかが良くわかる。もう私も処置を施されている。幼い頃に流行病のワクチンだと聞かされて、注入されたのがその薬らしい。らしいと言うのは、高校に上がる頃にその話を両親に聞かされたからである。寿命無限化のワクチン接種は国民の義務なのだ。私も外見は二十代頃であるものの、本来ならば今年で三十を超えるはずだ。生きるのが嫌になったら、市役所に行って安楽死処置をうける。それが私たち、今を生きる人類の常識だ。 今日私は、政府で秘密裏に行われていたクローン化計画へ向かう。一般的な国民はクローン化などという施術を受けることはないのだが、私は職業柄必要なことであるらしい。なんでも、人生に飽きて勝手に死なれては困るかららしい。ユニットには私の他に三人メンバーがいたが、人間であるのはもはや私だけになっていた。ほかの三人はもうクローン化を施されたクローン人間である。元の三人は記憶を改ざんされ、地方へと飛ばされていた。もう一年も昔の話になる。メンバーが飛ばされた地域では私たちの活動の様子は基本的に知り得ることが出来ない。確かに自分と瓜二つの人間が、テレビの中で歌って踊っているのも不思議な話だろう。二人目のメンバーがクローン化施術を受けて地方へと飛ばされた時、残った私たちで聞いたことがある。なぜこんなことをするのか、と。その問に対しマネージャーである女は、至極当然のようにこう答えた。 「あなた達を、永遠のアイドルにするためよ」 そう言ってのけたマネージャーを前に、私達は言い返すことが出来なかった。本当に、嘘偽りのない言葉だったからだ。彼女は私たちのことをいつも一番に考えてくれる、優秀で、それでいてとても優しい女性だった。消えゆく私たちの輝きを、いつまでも保とうとする優しさ。それがひしと感じられて、何も言葉が出てこなかった。そして、その1週間後、三人目のクローン化が実行され私は一人になった。 今日私はクローン化を施されて、どこか地方へと飛ばされる。もう、二度とこの場所には帰ってくることは出来ないだろう。いずれ来ることが確定していた今日という日のために人との関わりを一切絶ち、趣味に打ち込むこともせず、恋に走ることもやめた。 腰まである黒髪を束ねて、クローゼットロボが見繕った服に袖を通す。相変わらず飾っ気のない黒を選んでくるあたり、このクローゼットロボとは気があっていたように思う。 今日までの付き合いだと思うと、なんだか名残惜しくなってしまうような気もするが、ロボはロボ。メニューを表示して、主電源を落とした。ここを出るためにやるべきことはほとんどやったように思う。自身の鞄に必要なものはすべて詰めたし、あと落とす電源といえば玄関を照らす照明くらいである。本当に何もすることがないなと、自分の生活の質素さに一周まわって呆れた。 「……いってきます」 閉めると同時にかかったオートロックは私の呟きを待ってはくれない。私を五年間住まわせたあのモノクロの世界に、最後の一言は届いただろうか。
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