ミナミ先輩は嘘が嫌い

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 五年前、小学五年生、青木歩。 母親が再婚する少し前。 母親の再婚に合わせて引っ越す前日。 「ねぇ、アユくん、ほんとに引っ越しちゃうの?」 「志帆、ごめん」  歩の事をアユくんと呼ぶのは歩の幼馴染みだけ。 さらさらとした髪は夕日を透かしている。 十川(とがわ)志帆。 歩と同い年で隣の家に住む幼馴染み。 「……アユくん、明日は学校へ行くの?」 「うん。行ってから引っ越す事になるけど」 「わかった。学校から帰ったら家に来てくれる?」 「学校終わったら絶対行くよ」  じゃあね、ばいばい。 そんな事を言って歩と志帆は別れた。  翌日。 お別れ会をして手紙やら何やらを貰った歩は、放課後になると家に帰らずにそのまま志帆の家に向かった。 志帆は今日、学校に来なかった。 でも、先生も風邪とは言っていなかったから歩は結局志帆の家に行く事にした。 ピンポーン。 ピンポーンピンポーンピンポーン。 何度押しても誰も出てこない。 不審に思ってドアノブを回す。 簡単にドアが開いて歩は驚きつつも、玄関を見た。 大人の靴は一つもないが、志帆の靴ならある。 家にいるのだろうか。 リビングを見たが、誰もいない。 歩は志帆の部屋のある二階に向かって階段を上がる。 志帆の部屋のドアは閉まっている。 ドアをノックして、開ける。 そこには。 白いワンピースを着た志帆がいた。 「志帆、あんなに鳴らしたのに」 「このワンピース、アユくんが似合ってるって言ってくれたよね」 「……志帆?」  志帆が、清々しそうに笑っている。 昨日は、あんなに泣きそうな顔をしていたのに。 「だから、着替えたんだ」 「どうしたんだよ、志帆」  志帆が、おもむろに包丁を手に取る。 志帆の机の上に準備されていたらしい。 「ずっとずっと一緒だと思ってたのに」 「……え?」  歩は思わずそう言った。 志帆の、台詞と表情が合っていない。 「アユくんは、わたしの事が嫌いだったんだね」  にっこりと、笑って。 志帆はそう言った。 目の前にいるのは、本当に歩が知っている志帆なのか? 「アユくんがわたしを嫌うなら生きている意味は?」  ますます、笑う。 生きている、意味なんて。 歩は志帆が嫌いな訳じゃない。 「アユくん、わたしを忘れないでね」  志帆はそう言って、包丁を体と水平になるように。 心臓と水平になるように持つ。 まるで、これから。 「わたしはアユくんの事が大好きだった」  僕も、志帆の事が好きだよ。 そんな言葉も出ない。 喉がからからになっていた。 「でも、わたしの事が嫌いなアユくんは嫌い」  志帆の手が、動く。 体に、包丁が、刺さる。 体から、血飛沫が、飛び散る。 「──ずっと一緒にいてくれるよね?」  志帆の、最期の、言葉。 僕は。歩は。 穏やかな笑みを浮かべた志帆を。 ただただ見つめる事しかできなかった。
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