ミナミ先輩は嘘が嫌い

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「こんにちは、志帆ちゃん」  ツインテールを揺らしながら埜崎ミナミが現れた。 「歩クン、気絶しちゃったね」  埜崎ミナミの視線の先には、気絶して倒れた青木歩とその横で青木歩を眺める十川志帆がいた。 十川志帆は、振り向いて埜崎ミナミを見る。 「わたしが、視えるの?」 「いいえ。わたしは能力の在処がわかるだけ。まあ、言葉も聞こえるんだけどね」  埜崎ミナミは屈んで十川志帆に目線をあわせる。 「能力?」 「想いの強さだと言い換えても良い。貴女は歩クンの事が本当に大好きなんだよね」 「アユくんは、世界でいちばん大切な人だよ」  十川志帆は、そう言ってにこりと笑う。 どこか歪んだ、暗い笑み。 「知っているわ」 「じゃあ、どうしてアユくんをわたしから盗ろうとしたの?」 「盗ろうとなんてしてないよ」  埜崎ミナミの顔には、どんな表情も浮かんでいない。 普段の埜崎ミナミを知っている者なら驚くだろう。 「嘘。だって二人で出掛けていたよ」 「二人で出掛けていただけだよ。そもそも、どうして歩クンにそんなに執着しているの?」 「執着なんかしてない。約束だもの」  十川志帆の笑顔はこれ以上なく輝く。 輝いているのに、なぜだか暗い。 「どんな約束なの?」 「『ずっと一緒にいてくれるよね?』って言ったら、うんって言ってくれたの」  十川志帆の白いワンピースがはためく。 その時を思い出して、喜んでいるかのように。 埜崎ミナミは、どこか憐れむように言った。 「──嘘ね」 「嘘じゃないよ。アユくんは言ったもの」 「歩クンはその時何も答えなかった」 「そっちが嘘じゃないの?」  埜崎ミナミは、無表情に戻る。 憐れんだ表情よりその無表情は、思わず目をそらしたくなるような冷たさがあった。 「いいえ、貴女は貴女に嘘をついていた」 「そんな事ないよ」 「自分の母親が愛情をくれないから貴女は幼馴染みの歩クンに執着した」 「違う、違う」 「歩クンが貴女の前からいなくなると知った時、さぞかしショックだったでしょ」 「……」  十川志帆は、まだにっこりと笑っていた。 今も笑っている事が、歪みを感じさせる。 ……いや、最少から歪んでいたのだろう。 「でも、同時にチャンスだと思った」 「チャンス、なんて、そんな、事、ない」 「歩クンに貴女を忘れないようにして、心に焼き付ける事。そして、幽霊が視える歩クンだから、幽霊になって一緒にいようと思った」 「嘘、だよ。そんなの」  そんな言葉を言いながら、十川志帆は笑っている。 台詞と表情が見事なまでにすれ違っている。 「でも、予想外だったのは、視える人に視えるくらいの能力がある幽霊になる為に時間がかかった事」  反対に、埜崎ミナミは無表情。 「そして最近、ようやく現れる事ができたのに、歩クンは見知らぬ女、わたしと一緒にいた」 「だから」 「だからわたしを殺そうとした?」 「!」 「隠している包丁、渡してくれる?」 「……」 「貴女ではわたしに危害を与える事はできない」 「できる」  包丁が、十川志帆の能力で埜崎ミナミに刺さろうと、 埜崎ミナミの心臓目掛けて飛んでくる。 埜崎ミナミは、包丁の刃の部分を素手で掴む。 ぽたぽたと、血が滴り落ちる。 「これで、正当防衛になる」  埜崎ミナミは、そう呟く。 「貴女は嘘をつき、歩クンを縛っていた」 「そんな事ない」 「いいえ。……だからわたしは貴女をこの世から消して、二度とこちら側に来られないようにする」 「や、やめ」  風が吹いた。 十川志帆がいた所には、一枚のお札しかなかった。 「嘘をつく奴は嫌いなの」  そのお札を拾った埜崎ミナミの、誰にも聞こえない囁きが響いた。
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