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「何やってんだ、俺……」
重いため息を落としたその時だった。手にしていた携帯が震え、着信を告げる。慌てて手中から落としそうになり、持ち直した画面には『鐘崎遼二』という表示――それを目にした瞬間、ドキリと胸が震えた。
『紫月? まだ寝てたか?』
彼の声はいつもと変わらない、普段の遼二そのものだ。
咄嗟にはどう応答していいのか戸惑って、思わず声がうわずってしまいそうになった。
「寝てねえよ……とっくに起きてる」
そう返すのが精一杯。それを聞くと、受話器の向こうの彼が嬉しそうに笑ったのが分かった。
遼二の用件は、彼の母親がチェリーパイを焼いたから、それを届けに行ってもいいかというものだった。
嬉しい反面、何とも言いようのない気持ちが僅かに胸を締め付ける。夢の中に出てきた女を思い浮かべると癪な気持ちがこみ上げて、紫月はわざと露出度の高い服をクローゼットから選んで取った。
◇ ◇ ◇
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