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コンビニで買い物くらいは僕にだって出来る。
誰あろう七海さんのためだから、お料理も、お洗濯も、お買い物も、初めて尽くしだけど僕は何だってしてあげたい。
罪の意識半分、愛情半分だ。
さっき七海さんが「甘ったるい優しい顔」って言ってくれた僕の容姿は自覚している。
でも僕自身は優しいなんて言われた事がない。
優しさを見せたい、優しくしたい、と思える相手に今まで出会わなかったせいだ。
そう考えると、いつもであればこの場に残しているはずの後藤さんを直帰させた事には、大きな意味があるはず。
七海さんを僕のものにしたいという気持ちは変わらないし、誰にも触れてほしくないという独占欲もしっかり感じていて、たった一晩の出会いがそうさせているのはいわば、巡り合わせなのだと結論付けた。
「お釣りいらないです」
「え、困ります」
「受け取った方がいいですか?」
「はい、もちろん……。お客様、一万円札でしたので……」
スポーツドリンクを十本買い、レジでこんな会話をして店員さんを困らせていると、僕がどれだけ世間からズレているのかが分かるな……。
だって難しいよ。
昨日乗ったタクシーではお釣りいらないって言ったら貰ってくれたのに、コンビニでは受け取って下さいと懇願されるなんて、……どう違うの。
財布の中に久しぶりに小銭が入った。
大学の構内も電子マネーが使えるようになっているからなぁ……。
「僕もたまには現金でお買い物しなきゃだね、カードばっかじゃダメだ」
財布を揺らし、ジャラジャラと懐かしい音を楽しんでるとこなんか見られたら、また七海さんに「和彦はおかしい」って言われちゃいそう。
七海さんにだったら何を言われても嬉しいんだけどね。
「……ん? ……あの人戻ってきたの……?」
両手にコンビニ袋を持った僕が七海さん宅へ戻ってみると、男の人影が玄関前をウロついていた。
もうこんな時間だから安堵していたのに、さっきの黒髪の男が戻ってきたんだろうか。
──また言い合いするの嫌だな。
僕もあの男も余裕がないせいで、すぐに静かな口喧嘩が始まる。
あぁいうところは七海さんに見られたくない。
ただでさえ体調の悪い七海さんの前で、僕らの低俗な言い合いなんか見せたらもっと熱が上がっちゃう。
今日は僕が看病してあげるんだって、胸を張って言ってやるべく近付いて行くと、……どうもあの男ではなさそうだった。
さっきの黒髪の男は、僕ほどではないけど容姿端麗で背も僕と同じくらいあった。
でもあの人は中肉中背で普通の背丈に見える。
「……え、違う人だ。何してるんだろ」
その人影は辺りをキョロキョロと気にした後、七海さんの家の玄関、主にノブの辺りに何かを差し込んで熱心にいじり始めた。
……ちょっと待って、あれは絶対よくない事してるよね……!?
「そこのあなた、何をしているんですか」
「──ひっ……!」
「待ちなさい!」
僕の声に驚いた人影がこちらを向き、見るからに焦りと驚愕の表情を浮かべてそそくさと逃げ出そうとした。
突き当たりは壁で、僕の横をすり抜けないと逃げられなかった男の腕を掴み、ギリギリと力を込める。
声掛けられて咄嗟に逃げようとするだなんて、この人、本当にいけない事をしてたんだ。
僕の七海さんのお家のノブをいじって、一体何をしようとしてたっていうの。
返答次第では僕、怒っちゃうよ……?
「…………っっ、!」
「あそこで何をしていたのか言いなさい」
「……何もしてねぇよ! い、いてぇな! 離せよ!」
「このまま腕をへし折られたくなければ、正直に言いなさい」
「なんであんたにそんな事を……!」
「言いなさい。ノブに何をしてたんですか」
「痛てぇ!! いてぇよー!」
「早く言いなさい! でなければ本当に折りますよ!」
「……!! 鍵開けようとしてたんだよ! 芝浦七海の家だろ、ここ!」
「──何ですって?」
鍵を、開けようとしていた……?
開けて、侵入して、……何をしようとしてたっていうの?
男が僕の隙をついて逃げ出そうとしているのなんか、許せるはずがない。
瞬間的に、全身が沸騰したのが分かった。
これまで芽生えた事がないほど、怒りの感情が僕の心を埋め尽くす。
「痛てぇぇぇ!!!」
「どこのどなたか存じませんが、あなたを闇に葬りましょう」
「はっ? 未遂だろ! オレは芝浦七海の事が忘れられないだけだ! 他意はない!」
「忘れられないからと言って無断で人の家に入ろうとしましたよね。僕にとっては未遂じゃない。現行犯です」
怒りに任せて男の二の腕をへし折らんばかりに握った僕は、自らの言葉にハッとした。
──未遂じゃない、……現行犯。
……僕も七海さんに、この男と同じ事をしたんじゃ……。
誰にも触れられたくない、僕のものにしなきゃって一心で、意識のない七海さんを僕は……犯した。
理由はどうあれ欲に負けた身勝手な僕は、それしか術がないと思っていた。
──僕、この男にとやかく言えないじゃない……。
「クソ……っ! 痛てぇっつってんだろ!」
「……二度目はありません。あなたの顔は覚えましたから、もしまた七海さんに近付こうとしたらその時は……葬ります」
まだ怒りは治まらなかったけれど、僕は男の腕を解放した。
痛てぇな、とぼやいて走り去る後ろ姿は追わず、七海さんが僕に向けていた怒りの意味を履き違えていた事に愕然としながら、地面に転がったスポーツドリンクを拾う。
……僕はおかしい。
あの男と僕の異常さは同じなのに、七海さんから離れたくないというエゴは僕の方が強いと思った。
玄関を開けてすぐに見えた、七海さんがベッドの上で自らの体を拭いている姿を目にしてしまうと……いても立ってもいられなかった。
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