魔除け

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 友達が足の骨を折って入院した。  動けないだけで退屈だから、見舞いに来てくれとせがまれ、休みの日に見舞いに行った。  気晴らしにと、車椅子を借りて院内を散歩する。その途中、友達に自動販売機に立ち寄ってくれと頼まれた。 「何だぁ? この自販機」  今まで見たこともないタイプの自動販売機に、つい俺は声を上げた。  商品一覧に、他では考えられない品々が並んでいる。  飲み物にお菓子、ちょっとした軽食。タオル、歯ブラシセット、子供用から大人用のおむつ、お見舞い用らしき花や果物まである。 「面白い品揃えだろ? 院内にコンビニもあるけど、店が開いてない時間にこういう品が必要になる時もあるから、値段の割に結構需要あるんだぜ」  言われてみれば、確かに見慣れた飲食物は少し値段が高い気がする。でも外に出られなかったり、院内の店が開いてなかったりした時は、自販機を利用するしかないのだろう。 「この時間ならコンビニが開いてるだろ? そっちで買って来てやろうか?」 「いや、ジュースくらいなら値段も変わらないから、ここでいいよ」  そう言われ、車椅子の友達の代わりに指定のジュースを買ったのだが、ボタンの配置などが独特で、うっかり隣を押してしまった。  ゴトンと、受け取り口に何かが落ちてくる。黒い袋に包まれた小さな品だが、商品一覧のコーナーを見ても名前はないし、中身も展示されていない。 「何だこれ…」 「待った!」  袋を開けようとした瞬間、友達が鋭く俺を制した。くれと言われるままに袋を渡すと、ひざ掛けの下にそそくさとそれをしまい込む。 「おい。それ、何なんだ?」 「…あとで教えるから、ジュース、買い直してくれ」  頼まれたジュースを買ったが、友達は口を開かない。  表情から察するに、どうやらここでは話せない内容らしく、俺は車椅子を人気のない所まで押して行った。 「この辺りなら人もいなさそうだし…それが何か教えてくれよ」 「こいつは『魔除け』だよ」 「魔除け?!」 「声がでかい!」  俺よりさらにデカい声で怒鳴られ、口を噤む。友達も、今の発言で周囲を警戒するように窺ったが、幸い辺りには誰もおらず、何を聞かれたこともなさそうだ。  その状況に安堵して、友達は、この病院で知り合った人に聞いたという話を離してくれた。 「ここの病院にはいくつか自販機があるけど、飲み物とちょっとした菓子類以外を売ってる自販機はあそこだけだ。あの、一見謎の品を取り扱ってるのも」  まずはもったいぶった口上から。それに核心たる内容が続く。  友達の話を要約すると、俺がさっき間違えて購入したのは、この病院でこつそり噂されている『魔除け』という品だった。  効能があるのかどうかは判らないけれど、病室で嫌な気配を感じたら、これを購入するのが伝統らしい。そうすると、ずっとまとわりつくようだった嫌な気配は消えるそうだ。  その話を聞いた俺の感想は『なんだそりゃ』だった。  魔除けだの嫌な気配が消えるだの、ありえない話すぎる。  でも何週間、何ヶ月と病院に入院している人達は、閉塞感の中で色々とよくないことを考えてしまうのかもしれない。たとえば、気のせいなのに誰かに見られている気になって、結果、魔除けが必要と思うようになる…とか。  それが気休めでも効能があるならいいんだ。でも俺には信じられないよ。…友達の手前、信じたフリはしておくけど。  多分あの黒い袋の中身は、それらしい書き込みをしたお守り袋みたいな物なんだろう。でも、それで気持ちが楽になるなら安いものだ。  持っていれば、怖い噂が満載の病院生活を心安らかに過ごせる。そのためならあのくらいの金額は惜しくないよな。  友達の病室を去った後、あの自販機の前を通った。その時俺が思ったのはこんな感じのことだった。  まさか、全部覆したい気持ちになるなんて。  不慮の事故に遭い、俺がこの病院に入院することになったのは、友達の退院からしばらく後のことだった。  親が不足なく入院準備をしてくれて、俺もコーヒーだのジュースだのは欲しがる性質じゃないから、自販機に用はない。  …そう思ってたのに。そう思ってたんだが。  毎夜毎夜、とても眠っていられない。だから見舞いに来た友達に頼み、あの自販機で買い物をしてもらった。  夜毎に、ベッドサイドで俺を見つめる何かが現れる。魔除けを購入したらそいは消えてくれるかな。  たかが百円程度だから、金が惜しいとは思わない。ただ、この値段でご利益が本当にあるのか。  買ってきてもらったあの黒い袋の中身を握り締めながら、俺は、ついそんな不埒なことを考えた。  もちろんすぐ訂正したから、神様仏様あるいは別の尊い何か様。どうか俺に夜毎の安眠を与えて下さい。 魔除け…完
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