第一話 厄日、最低の一日

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第一話 厄日、最低の一日

 ついてない日というのはとことんついてないわけで、厄日なんかでくくれるような一日じゃなかった。  朝、蒸し暑さに目が覚めた、エアコンのスイッチに手を伸ばした、何度もスイッチを押し、この間電池を入れ替えたばかりと後ろを開けくるくる回してみた。がだめだ、止まっている。見上げると故障を継げるランプが点滅していた。 あきらめ窓を開けた。 ムッとした空気、風さえも吹いていない。  ぐっしょりとかいた汗を流そうと風呂場へ行きシャワーをひねる。 冷てー。水?お湯が出ない、飛び出ると故障のランプ、これも?はあ。 それでも浴びて飯支度を始めた。  冷蔵庫も大したものは入ってない、納豆が奥の方に一パックとたくあんのパック、今日は何か買い物をしてこないとなー。ただ、飯だけは炊いてあった、納豆をかけて流し込む、たくあんをぼりっと噛んだ。 ガキッ!ん?何の音だ? もぐ、もぐ?! イッテー! たくあんが直撃。 激痛が走った。 歯にかぶせてあるのがはずれて飲み込んだ? 痛みを我慢しながら出勤、歯医者に予約を入れようとしたら休みで、会社近くの歯医者もなぜか休みだった。定休日じゃないのに。  電車はなぜか、人身事故があったとかで、身動きができないほどの満員電車、カバンは持っていかれるわ。それでも何とか降りたときは、着ているものもぐちゃぐちゃ。 トイレに行って直そうかと思ったが清掃中、仕方なく駅を出た。 いつもと同じなのに、こんな日に限って。 「誰か痛み止め持ってない?」  自分の机にカバンを置いてみんなに聞いた。もらった薬は賞味期限が切れていたが我慢できず飲み込んだ。半日我慢し、痛さでヘロヘロになりながら仕事をこなし、やっと昼休み、どこか一件でも歯医者、と検索していた。 トントンと肩を叩かれた、上司、ちょっとと呼ばれ、上司の部屋へ。 グループを組んでいたやつがポカをやらかした、そしてそいつは俺に責任を押し付けやがった、役員の息子、子息かなんか知らねえけど俺は有りもしない責任をかぶされた。 首? 待ってくれと言う言葉もむなしく、部屋をオンダされた。 ウソだろ? 同情してくれる声もあったが自分もなりかねない、すまんという同僚たち、机や、ごみ箱を蹴飛ばし俺は会社を後にした。  リストラ、はなからそのつもりだったのかよ、くそったれ!  帰りの電車、痴漢に間違われ、自動販売機では冷たいお茶を買ったのになぜかホットが出て来るしまつ。 散々だ、帰って寝よう。  アパートに戻ると、遠目で見える強面のお兄さん達、まずい、ひじょーにまずい。 百八十度ターンして今来た道を戻ろうとしたら大家さんに出くわし、あの人たちを何とかしろと言われた。それに気づかれ、ぼこぼこにされ、借金の方に部屋の中の物をみんな持って行かれてしまった。  膝を抱え、もう歯の痛みよりも体の痛みの方が大きくて・・・部屋を見回した。   何にもないや。 その場に大の字になった。   まじで何位もねえや。  電球も、そのカサさえもない、壁にあったもの、何があったんだろう、日にやけた跡が四角い形だけを残している。 残った物は、今着ているスーツと、古いかばん、洗濯機から取り出され転がっていた湿ったトランクスとランニングシャツ、それと完済したという証明書。 「はは、完済したんだ」 クシャリと握りつぶした。 何もかも無くなった、残ったのは大量のごみ、大家さんが来てビックリ、家賃を滞納していた俺はそのままオンダされてしまった。 その日の夜は、近くの公園で野宿した。   夏で・・・よかった。  お金、印鑑もないし、どうしよう。 そのまま、ハローワークに行こうとした。歩くしかない、とにかくひたすら歩いた。 会社に行って離職票とかもらってこなきゃ、それだけでも貰わないと再就職すらできない、貰う権利はあるはずだそれとそこまで働いた分、現金でもらえないかな? もう俺の席には違う人が座っていた、みんなそそくさと冷たい視線。俺は堂々と入って行って手続きをした。 同僚を呼び、何とか金を少しだけ借りた。私物は預かっていると足元にある段ボールを開けた使えそうなもの、お泊りセットがあった、中には髭剃りも入っている、鉛筆立ての中に小銭が入っていたボールペンやシャーペン使えそうなものはすべて段ボールに押し込みそれを持った。ロッカーも空にしてくれないかと言われた。すまなそうな顔、かたを叩いた。 中を開けた。  嫌でも目に入る会社の大きな名前の入った上着、タオルも入ってる、案外何もないとおもっていたが、寒さをしのぐようなものもあるそれもすべて段ボールに押し込んだ。  ハローワークに行って気が付いた。 離職票はいい、通帳は?印鑑は? ない。 シャチハタなら。 NG。 準備が出来てから早めに来てくださいと言われた。 準備できるんだろうか? せめて百均でもあれば。 生も近も尽き果てた、涼しい館内で時間をつぶした。 あーっついな 疲れたな 何日食べてないだろう、腹減ったな。 電車にのれれば、一時間で行く道のりも、こう歩くと、本当に遠いなー。定期も金になるんだ、だから持っていかれたのか?せめて携帯だけでもあればなー。 疲れたな、死んじゃえばどんなに楽かな。 もう、住むところもないのに、なぜかまだ住んでいた側の公園から、ハローワークまで通っていた。 ハローワークの側に並び立つブルーシートの列を見ながら、まだ俺はここに来るわけにはいかないと思ってしまったっからだ。 あ、ここ・・・ その建物の前でぼーっと立っていた。でもなんで俺、こんなに考えてられるんだろ、人間て凄いよな。少し座らせてもらおう、また歩かなきゃ。  キーッ! 自転車が目の前で止まった。きれいな長い脚、上から声がする。 「うちになんかよう?」 学生服姿の女子に睨まれた。 「あ・・・の・・・」 夏の日差しが強すぎて、君の姿が、逆光に照らされた。 「天使・・・だ」 「ち、ちょっとー!」 俺は死んだ、死んだよな。    ごめんね とメモに書いてあった言葉に俺は怒りも何も覚えなかった。たった二年間であの女にすべてを持っていかれた。結婚までしようかと一刻(いっとき)でも考えた俺がばかだった。 金目のものから通帳まで、持って行った女、残ったものは、惚れた弱みに付け込まれ判を押した連帯保証人、三百万、トンずらして逃げられた。 俺ってバカだよな、あーあ、あれからかな、ついてないのは。 落ちるところまで落ちたと思った、でも考えればそんな大したことのない借金でよかったと思っている、だれにも迷惑をかけなかっただけ良しとしなきゃ、でも俺死んだら、母ちゃんたち心配するかな。こんな親不孝・・・?  夢?俺なんか考えてる? なんかいい匂いだな、布団かなー、布団?! 目を開けた一気に覚めた。 目の前に男の子    誰? 「ちーちゃん!ちーちゃん!」 なによと言ってさっきのきれいな足が見えた。体を起こす力も、顔を上げる力もない。 起き上れるかと言う、何とか、すみません水をいっぱい。 男の子が水を持ってきてくれた。その手を取り、ゴクゴクと飲んだ。 「動ける?」 「・・・なんとか」 「すごいくさい、くさくてたまんないから、風呂入って」 「あのー」 「早く、イッテー、そこ突き当りだから」 「はい~」 一目散に風呂場へと駆け込んだ、トランクス一枚の恰好だった。 着替えは?どうしよう、そんな心配をする。 「ねえ、あんた浮浪者?」 「なりかけです」 「なりかけ?じゃあ、これからなるの?」 「いえ、なりたくないんですが、何も持ってなくて」 「一文無し?」 「無一文です」 「うちの前で何してたの?」 ハローワークに行きたかった、でも印鑑がなくて、それすら買うお金もなくて、そしたら同じ苗字が見えて、三文判でいいからお借りしようかと。 「普通無理でしょ」 「そうですよね」 「仕事、する気はあるんだ」 「そりゃあります、ただ」 「ただなに?」 「はい、ずっとなにも食ってなくて、今にも倒れそうで」 「えっ?」  目の前がゆがんだ。バターンと大きな音、そして何かが体に当たっている、何か叫ぶ声が遠ざかる。 俺、やっぱり死ぬ… ・・・死んだな。  クン、クン、いい匂い、何の匂いだろ、食べ物、みそ汁のような、塩ラーメンのようななんのにおい?腹、減った・・・ 目を開けた、さっきの男の子 俺、生きてるんだ。 又ちーちゃんと言いながら走って行った。今度はジャージ姿の天使 「起きれる?」 「・・・無理です」 「食べれそう?」 「食べます!」 震える手で茶碗を受け取った、スプーンが茶碗が重い。 「何にも食べてないからおかゆね、卵入れたから」 本当に天使だ、かわいいなー。 「はひはとうほはいまふ(ありがとうございます)」 塩味、これのにおい、うめー 「泣くか食べるかどっちかにして、じゃあ、食べたら寝てね」 「はい、ありがとうございます」 熱いけど、めちゃくちゃうまかった、彼女の優しさにもノックダウン 「くちゃい、くちゃい」 「くさいね、窓開けとくから」 「すみません」 彼女は男の子の手を取って出て行った。 土鍋も食べたいぐらいだった。急に腹ん中にいっぱいの食べ物、腹が痛い、でも幸せな痛み、寝よ。久しぶりの布団の柔らかさに感謝した、見ず知らずの俺のために、申し訳ない。そう思っているうちに眠ってしまった。  もう死んでもいいかな。 そう、もうどうでもよかったから。
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