きよえと八重蔵

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あの雨の日から半月後。 きよえがみなと屋を出る日が来た。 『落ち着いたら必ず文を寄越すんだよ。』 離れがたくなり、きよえを抱き締めながら言った。 きよえもギュッと抱き締め返しながらコクンと頷いた。 『貧乏に耐えられなくなったら、いつでも戻っておいで。またあたしが面倒みてやるからね。』 『ちょっ………貧乏って! そりゃ最初は厳しいかも知れませんけど… 絶対きよえさんの事は守りますから!』 八重蔵があわてて言ってきた。 『ま。早く商売軌道に乗せて俺に金返せよ? もちろん10倍でな。』 『じゅっ……!?約束じゃ倍のハズじゃ…』 『あー?俺様が10倍っつったら10倍だ!』 『そ、そんなぁ。ひどいですよー烏さん。』 最後にみなと屋のみんなにも挨拶を済ませて きよえと八重蔵は大門の外に消えた。 『あーあ。行っちまったねー。』 『貧乏でもここよりマシさ。』 遊女達のぼやきが始まりそうになったところで 『さあって!ホラホラ! あんた達も金持ちに身請けされるように精を出しな!』 遣り手のおマキさんが皆の尻を叩く勢いで廓の中に戻す。 きよえの姿はとうに見えなくなっても 私は大門の外を眺めていた。 『寂しいか?』 『………さぁてね。』 数ヶ月ぶりに烏と口をきいた。 烏があの金の髪の毛の男の子を松島屋に売って 大金を得たと聞いたとき 本気で腹が立ち もう口をきくもんかと思っていたのに。 『わりぃな。お前を身請けする金 全部あいつらに使っちまった。』 ケラケラと笑いやがる。 『………最初から、そんなつもりもないくせに。 よく言うもんだね。』 よく考えてみれば 烏って男はこういう奴だ。 行き当たりばったりのようで 色々考えていたり 金持ちからは容赦なく金をぶんどるくせに 貧乏人からは絶対に金を受け取らない。 あの金の髪の毛の男の子も もしかしたら… 『なんだよ? そんなに心配すんなよ。 八重蔵の才は確かだ。 念のためいくつかかんざしを売れそうな場所も教えてあるし…』 ほんとに こういうところが……… 『別に。 あんたなんぞに身請けされるつもりは無いさ。 きっちり年季まで働いて 手前の足でここから出てやるさ。』 『ははっ!お前らしいな。』 だから、それまでは どこにも行かないで。 年季が明けたら 何処にでも付いていけるから。 なんて言ったところで この男は聞きはしないだろうけどね。
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