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第3話 太陽と月
「――以降、世界は人間の住まう【ヘリオス】と魔族の住まう【セレネ】に分かたれた、と」
「そうです、【ヘリオス】と【セレネ】の語源は【太陽】と【月】。どちらもこの大地の繁栄に欠かせない存在。そして互いに互いを必要とする存在であれ、という意味も込めて付けられた名前だそうです」
甲冑を身に纏った青年は広大な草原を歩みながら溜め息を吐く。
そんな青年の数歩先には、外套で身をスッポリとくるんだ少女が足取り軽く歩いていた。
「で、めでたく住み分けした後、人間は幾つかの国を作り、そこに帰還した英雄たちを王として据えたと」
「はい、その通り。世界史の予習は完璧ですよ?頑張ってお勉強した甲斐がありましたね、オスカーくん!えらいえらい」
「ガキ扱いかよ」
青年のボヤキを聞こえないフリし、少女は鼻歌混じりに草原を歩む。
頬を撫でる東風に乗って、少女の柔らかなハミングが青年の耳をくすぐった。
「……歩いて進む旅路は楽しいか?」
「ええ、とても――けれどオスカーくんにだけ荷物を持たせてしまい、私は非常に心苦しく思っています」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあ『多少の荷物持ちくらいは手伝ってあげよう!』とか、そんな発想はないのか?」
「ありません」
「そうだろうな……お前はそういう女だよな……」
青年は身軽な少女とは真逆に、かなりの重量級荷物を背負って歩いている。
並みの人間なら担ぎ上げる事すらままならないであろう大荷物だ。
鋼の甲冑を身に付け大荷物を背負い歩き回っているのだ、それはある種異常な光景でもあった。
少女は遠い眼差しで空を仰ぎ、つい数日前の出来事に想いを馳せる。
「まさか道中で野盗の皆さんと遭遇するとは思ってもいませんでした。オスカーくんが居なかったらどうなっていた事やら……旅とはとても過酷なものですね」
「そうだな……しかしまさか返り討ちにした賊をふんじばった後、同行していた馬車に詰め込んで王都に護送させるとは思ってもいなかったぞ?」
「悪い子は正当な法の裁きを受け、たっぷり反省してもらわないといけません」
「その考えには賛成だが、賊と入れ替えで下ろした荷物を一人のいたいけな青年に全て押し付けるというワンオペ罰ゲームは、一体全体どうしたものか」
青年の言葉に少女はにこりと微笑んで見せた。
「だから申し訳ないと言っているではないですか。ともかく私はあの野盗さんたちへの対応を誤ったとは思いません。反省もしなければ後悔もしていませんから!」
「いや、俺のこの姿を見て反省はするべきだろ」
「でもあと少しで国境。【狭間】を越えれば【あちらの方々】のお迎えが待っていてくれているはずです。それまでの辛抱ですよ、オスカーくん!」
どこまでも気楽な少女の言葉に青年は再び溜め息を吐いた。
「お迎えが待ってる、ってもな……俺たちの遅刻に、あちらさんがどれほど寛容でいてくれてるやら」
「さあ、それはどうでしょう。予め訪問する旨の書簡は送っておいたのですから、大丈夫だとは思いますが。馬鹿の考え休むに似たり――オスカーくんは意外と心配性ですね!」
「……本気で怒るぞ?」
「うふふ、冗談ですよ!」
たった二人ぼっちの旅人はヘリオスとセレネの国境を目指し、草原をひたすらに北上して行った。
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