116人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
「今晩は焼肉だって! 来るだろ?」
放課後にそう声をかけられて、とっさに駿斗は嘘をついてしまった。
「ごめん、今日バイトはいっちゃって」
「えー。休みじゃん」
バイトのシフトも教えてあるのを理津はしっかりと覚えていた。嬉しいはずが煩さしさが勝ったことに自分でも驚く。
「なんか、急に休んだ人の代打で出てって、連絡きたから」
冷静に取り繕うと理津はがっかりと肩を落とし「わかった、がんばって」とすぐに切り替えた。
「また次回な」
「うん、お礼言っておいて」
理津しかいない駿斗と違って、理津の周りにはいつも楽し気に人の輪ができる。今日だってすぐに駿斗の代わりに放課後を過ごす人は見つかる。
嘘をついた手前何をするわけでもなく、駿斗は誰もいない自宅へと早い時間に帰った。
しんと静まり返った部屋。ヘルパーさんが入っているから清潔に保たれているけれど人の暮らしがどこにも感じられない部屋。
ドサっとソファに寝転がると空に雲が流れていくのが見えた。濃い鼠色が速いスピードで流れていく。天気が下り坂になってきたのだろう。これからの予報は雨だった。
間もなく部屋が暗くなり、広い窓をバチバチと雨が打ち始めた。眼下の景色も薄くけぶっていく。稲光が空を裂いた。
今頃理津はどうしているだろうか。あの賑やかな家で、雷におびえたきょうだいたちを抱きしめて大丈夫だと慰めているのだろうか。駿斗もあの家族の一員になりたかった。理津と同じ屋根の下で楽しく暮らしたい。
いいことも悪いことも全部分け合って、笑いながら暮らしていきたい。だけどそれは駿斗に与えられたものじゃない。
誰もいないくらい部屋を雨が閉じ込めていく。
こんなさみしい生活を知ったら、理津はどう思うのだろうか。同情してくれるのかもしれない。さみしかったな、と慰めてくれるのかもしれない。かわいそうにと憐れむのかもしれない。
それを駿斗は望んでいない。
いつだって理津の力になれる、たくましい男でいたいのに。
いい人ぶった外面の下はこんなに浅ましい欲で満ち溢れている。さみしい。そばにいて。ひとりにしないで。怖い。さみしい。
ひときわ大きな雷鳴が部屋を震わせた。
こんな時は大きな愛に包まれたいのに、それは叶わない。理津に求めるにはあまりにも大きな欠乏を駿斗はまだ飼いならすことができない。
いつかその重さに耐えられなくなるのかもしれない。
理津を求める気持ちの強さに、彼は引いてしまうのかもしれない。
たったひとりしかいない救世主。
この先手放す時が来たら、その時駿斗は生きていけなくなるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!