第三話 黎明

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 その丸玉は一見すると透明な水晶玉である。男はそれをしばしじっと見つめると、おもむろに口を開いた。 「我、(みまし)(※①)と契約する者也。炎帝(えんてい)の名において願い奉る。我の後を継ぐ者を示し給え」  すると丸玉の中心が炎を宿したように輝き始めた。それは徐々に輝きを増し、さながら水晶玉の中に陽光を封じ込めたようだ。  男の名は『炎帝』。そう、人柱として捧げられた者の一人である。やがて水晶は、長い白銀色の髪に紫色の瞳の美しい者の姿を映し出した。そしてゆっくりと揺らめく炎が穏やかになると同時に映し出されたものも消えていった。光は少しずつ小さくなり、やがてフッと掻き消えるように消えた。清浄なる湧き水をそのまま固めたような透明の水晶玉へと戻った。 「哀れな……宿世(しゅくせ)(※②)は変えられぬか……。愚かな、悪しきしきたりめ……」  彼は絞り出すように言った。彼の持つ玉こそが生玉(いくたま)。願いを神に託す時、また神の言の葉を受け取ると時、言わば神と人を繋ぐ光の玉である。十種神宝(とくさかんだから)の一つである。代々、贄となる者はこの玉を引き継ぎ、己の捧げる身によって神との契約の元、その地が繁栄されているかを確かめたり、神の要望を聞く際にも使用した。この玉を持つだけで、神々の声が聞こえたし意思の疎通も可能となった。  ウォーーーーーーーーゴォーーーーーーー  突如として谷底より響く恐ろしい声。 「チッ、もうご所望か。このところ、頻度が多くなってきやがったぜ」  彼は舌打ちをすると、崖の淵ギリギリまで歩いて行き、そのまま身を投げた。真っ逆さまに落ちて行く彼を待ち受けているのは、奈落の底に巨大な、血のように赤い口を開けている魔物、というべきか。信濃国に起こるべき災害や争い事を含む人災を始め、人々の嫉妬や憎悪、殺意、欲望、などのあらゆる負の感情を総称したモノであった。それは底知れぬ闇に巨大な口がついていて、伸縮自在に体を変化させられるので決まった形はない。  人柱として捧げられたものは、次の代に変わるまで永遠に、生きたまま魔物に体を食われ続けるのだ。食われた後は、神の力によりまた元通りの体に戻される。魔物が所望すればまた体を捧げ……その繰り返しだった。  そうする事によって、信濃国の繁栄と平和が保たれているのである。それが、人柱の役目なのであった。 (※①…あなた様、「あなた」を尊敬して言う古語) (※②…宿命、変えられぬ定めの古語)
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