完璧なアリバイ

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「やあ、こんにちは。光一郎くんを疑っているわけではないよ。何しろ君には完璧なアリバイがあるからね」 のっそりと現れたのは、小岩井の相棒の谷崎という警察官だった。 うちのお母さんと同じぐらいの歳で柔和な笑顔が優しそうなおじさんだけれど、小岩井なんかよりも何百倍も油断のならない男だ。 あいつには気を付けろよとみんなが言っていた。 「だったら何を調べてるんですか? 死因は溺死。酔ってたおじさんは足を滑らせて用水路に転落して流された。何も不審な点はないと思いますけど」 たとえ誰かともみ合った末に突き落とされたのだとしても、連日の雨で足跡は流されてしまっている。大丈夫。心配することは何もない。 私は意識して肩の力を抜いた。光一郎を守ろうとして、ついつい口出しをしてしまったけれど、もうこれ以上出しゃばるのはやめよう。ついうっかりマズいことを口走ってしまいそうだ。 「念のためだよ、念のため。亡くなった真鍋さんはあちこちで恨まれていたようだから」 谷崎の余計な一言に、光一郎はキュッと唇を噛んだ。あんな父親でもそういう言い方をされたら、息子としていい気持ちはしないだろう。ましてや亡くなったばかりなんだから。 「じゃあ、その“あちこち”の人を疑ったらどうですか? 息子である光一郎の前で死んだ人を悪く言うのもどうかと思います」 ああ、また口が滑った。どうして私は黙っていられないんだろう。 「もちろん真鍋さんが借金を踏み倒した相手や、酔ってケンカになった相手のことも調べている。小娘が生意気なことを言うな!」 小岩井に怒鳴られて、思わず首を竦めた。でも、怖がったりはしない。怒鳴り声は真鍋のおじさんこと光一郎の父親で慣れているから。 「おい、子ども相手にムキになるな。まあ、警察としてはちゃんとあっちもこっちも調べてるってことだよ」 「じゃあ、もう光一郎のことは放っといてください。お母さんが入院して、お父さんが突然亡くなって、一人で頑張ってるんですから」 「一人じゃないだろ?」 「え?」 「君や周りの人たちに支えられている。そうだよな?」 急に話を振られた光一郎は、ただコクコクと首を縦に振った。 私は私で、自分の内心の動揺を悟られたのではないかと、二人の警察官の顔を窺っていた。 谷崎のさっきのセリフに他意はなかったのだろう。光一郎は一人じゃない。私たちがついている。それは事実なのだから、動揺することなんてない。
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