完璧なアリバイ

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今度こそサンダルを履いて、一つ奥の光一郎の家に行った。 「来たよ!」 「入って!」 玄関から声を掛け合うのは、光一郎の家の玄関にチャイムがないからだ。チャイムどころかドアさえない。 何年か前の夜中に、酔って帰って来た真鍋のおじさんが玄関のドアが開かないと怒鳴りながらガタガタやっているうちに、ドアが外れて取れてしまったのだった。それ以来、ドアの代わりに網戸が立てかけられている。 私はその網戸を横にずらして中に入り、また網戸を元の位置に戻した。 「お邪魔しまーす」 一応そんなことを呟きながら、短い廊下を進むとキッチンで光一郎がお水をゴクゴク飲んでいた。 光一郎が着ているのは、小学校の時の体操服。彼は中学に入ってから身長がググッと伸びたから、今ではツンツルテンだしだいぶくたびれている。 「テーブル出しといた」 その声に釣られてキッチンの奥の部屋を覗くと、折り畳み式のテーブルが置いてあった。その横には光一郎の机があるから、彼は机で私はテーブルで勉強するということなんだろう。 「ありがと。珍しいね、光一郎がテスト勉強だなんて」 「いろいろわからないから」 「私だって教えられるほど理解してないけど」 そんなことを言いながら二人で奥の部屋に移動した。 光一郎の家は2DK。光一郎の机があるこの部屋は光一郎の部屋というわけではなく、テレビやタンスも置いてあってリビングみたいなものだ。その更に奥の部屋は両親の寝室兼物置きのようになっている。 今となっては光一郎が一人で住んでいるようなものだからマシだけれど、両親と三人で暮らしていた頃は父親が昼間から飲んだくれて家でゴロゴロしているので、もっと雑然としていた。 おじさんが仮病を使って生活保護を受けていて、酔っては妻子に手を上げる男だったことは、テラスハウスの誰もが知っていることだった。
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