完璧なアリバイ

10/10
148人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「今日はお母さん、仕事休みで家にいるから、マンガ持ってこっちにおいでよ。何かおやつ作ってもらおう。」 「マジ? やった。」 喜ぶ光一郎に手を振って家の中に入ると、玄関に向かいの家の信三さんが回覧板を持って立っていて、お母さんと何やら話し込んでいたみたいだった。 「ただいま。」 「おかえり。」 「おかえり。千里ちゃん、これ見てごらん。」 信三さんが見せてくれたのは、回覧板に挟まった一枚の紙だった。【水の事故に注意!】という大見出しの下に、真鍋のおじさんが足を滑らせて用水路で亡くなった経緯が書かれている。 「警察からのお知らせってことは、事故死ということで決着したってことよね。」 お母さんがホッとしたように笑顔を見せた。 「まったく。俺たちが何回通報しても、ちょっと見に来て終わりだったくせによ。人が死なないと動かないなんておかしいだろ!」 腹立たし気に回覧板を手で叩いた信三さんは、あの日、真鍋のおじさんが用水路から這い上がろうとしたら、風呂掃除のスポンジブラシで突き放す役だった。小柄だけど力の強い信三さんだからこそ、人目につかずに出来るはずだと言っていた。 真鍋のおじさんをあのままにしていたら、おばさんもお腹の赤ちゃんも光一郎だって殺されていたかもしれない。 そんな切迫した危機感を抱いたからこそ、私は行動を起こそうとした。 全部自分一人でやるつもりだったのに、信三さんたちに止められた。未来のある千里ちゃんは何もしなくていい。身寄りのない年寄りたちでやるからと。 信三さんたちにはアリバイらしいアリバイはない。家で寝ていた。テレビを見ていた。それが警察にはもっともらしく聞こえたのだろう。 恋人だという些細な嘘を織り込み、完璧なアリバイの私たちに疑いの目を向けさせることで、彼らをノーマークにするという私の狙いは当たった。 あの日、実際に何が起きたのか私は知らない。知らない方がいいと言われたから聞かなかった。 光一郎たちを守るために、私たちがやろうとしたことは決して許されることではないだろう。でも、然るべき機関が助けてくれるのを悠長に待っている余裕はなかった。 ――だから神様。 もしも、この罪で私を裁くのなら、せめて死ぬ瞬間にお願いします。地獄に行くことになってもいいし、来世で罪を償ってもいい。 これ以上光一郎が辛い思いをしなくてすむように、今生(こんじょう)では無実でいさせてください。いつか彼の恋人じゃなくなったとしても、一緒に育ったこのテラスハウスの住人だから。 END
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!